「少し試してみませか?」
祐樹が秘密めいた感じで囁く。そして自分だけを見詰めてくれている――それだけで薔薇色に染まった心に金と銀の欠片が舞っているような気がした。
「え?流石にそれは……。見たい気持ちは有るが、気が引けるので」
事前に見ておきたい――しかも二人きりの空間で――という気持ちは有ったものの、このStaffonlyの部屋は半ば公の場所なので遠慮すべきだろうと思った。
「大丈夫ですよ。掃除機の場所は大体分かります。普通の片付け方法は病院もホテルも似たようなものだと思いますし、そういう場所にはホウキと塵取りも漏れなく付いていますので。
少し待っていて下さい。
私ならともかく、貴方が金箔をこっそり持って帰るようなことはしないでしょうから」
祐樹が変なところで――祐樹の給料でも――些細な金額過ぎるシロモノを持って帰って来ているのは知っている。例えば厚労省の研究会の時に、欠席者の机の上からペットボトルのお茶とかミネラルウオーターを「どうせ余る上に私達の『莫大な』税金で賄っている以上少しでもモトを取らないと」とか言って。
そういう財布の紐を締めるべきところはキチンと管理しているものの、デート代とかプレゼント、そして自分しか助手席に乗せないと言ってくれている自動車などにお金を使うという金銭感覚も大好きだ。
まあ、ペットボトルのお茶はともかく……いくらグラム当たりの単価が高いとはいえ待ちに待った「披露宴」の演出に使うモノを持って帰るようなことはしないだろう、多分。
祐樹が割と広い――とはいえ色々なモノが置かれているので見た感じは狭いような気がする――スペースを見回している。
「このロッカーですかね」
床に置いてある雑多なものを器用に避けたテキパキとした足早に近付いて開けた。
「裕樹は凄いのだな……」
言葉通り掃除機とホウキなどが仕舞ってあった。
祐樹の瞳がより一層輝いて、しかも得意そうな笑みを浮かべている。自信満々の表情も惚れ直すには充分だった。
そして、今はいくら惚れても同じだけの分量で祐樹もそう想ってくれていることは知っているので、心置きなく(?)祐樹の愛情に縋ることが出来るのも、心に金や銀の欠片が煌めきながら落ちて来て薔薇の花をよりいっそう綺麗に彩るような気がした、シャンパンの細かい泡も弾けるような。
「だいたいの置き場所は分かりますよ。
マンションの貴方の書斎も――滅多に入りませんが――『これこれのモノを探してくれ』と仰ったら五分、いや一分以内に見つけ出すことは出来ると思います」
祐樹は色々な特技が有ることは知っていたが、これは初耳だった。
「書斎にも祐樹に隠さなければならないような物は当然置いていないので、別に入って来ても構わないし、勝手に家探しというか書斎探しをしても個人的には全く困らないのだが」
眼差しを絡めた祐樹の視線が黒く優しい輝きを増したのもとても嬉しかった。
そもそも裕樹に隠さなければならないものは家の中にはないし、聞いてこないので言っていないが自分の資産が全て記されているポートフォリオだって裕樹に言うことも見せることに少しも抵抗がない。祐樹に全幅の信頼感を置いているのは勿論だが、1億分の一程度の確率で持ち逃げされたとしても――いや、自分から逃げられるのは悪夢そのものなので、全力で避けたいが、医師免許の番号と名前が一致しないと会員になれない限定サイトの「お悩み相談」で良くあるのが医師を対象とした投資セミナーに参加して、怪しい不動産とか年利88%還元とかいう金融資産を買わされて却って借金を背負ったり最悪自己破産しかなくなったりするケースも増えているらしい。
「医師限定」というプライドを満足させるセミナーで、怪しげなコンサルタントが経済の専門用語を駆使して説明する――自分なら専門外も良いところなので、疑問点は躊躇せずに突っ込んで聞くだろうが『お医者様だと当然ご存知だと思いますが』とか前置きされて話し始めると知ったかぶりをする人間の方が圧倒的に多いらしい。しかも医師は基本的に本業で忙しいので、自分で調べるよりも自称専門家に丸投げしてしまうので被害に遭うようだ。
祐樹が――投資には全く関心がないらしく給料は全部銀行に預けているし、ボーナスは定期預金だ――そういう怪しい投資話にうっかり乗ってしまって全貯蓄を使っても賄えない場合は、自分の資産を全部使っても良いと思っている。
資産は資産として有るのも事実だが、教授職の給料で割と余裕のある生活は出来るので裕樹が世界一大切な自分にとって、全ての資産が無くなるくらいはどうということはない。
「どうかしましたか?」
祐樹が金と銀箔を掬った手を宙に掲げながら聞いてきた。いつの間にか自分の想いに耽ってしまっていた。
「いや、何でもない。
送風機のスイッチをオンにすれば良いのだな?」
どの程度飛び散るかは分からないものの、掃除機が有るので大丈夫だろう。
「お願いしても良いですか。私が掌を大きく揺らすのと同時にお願いします」
「分かった」
祐樹の大きな掌だとごく微量に見えるが、目算で誤差は5ミリ――職業柄一ミリとかそれ以下の世界で指を動かす必要が有るので見極める自信はあったものの、何しろ金箔の一つ一つがデコボコになっているので――2センチ程度、高さ7ミリだろう。
祐樹の長く男らしい指が宙にかざされて視線を奪われてしまう、薔薇色の幸せ感と共に。
掃除機で吸い取ってしまいたいので床が空いている場所に風が向かうようにして送風機を移動させた。
裕樹が手首を大きく動かしたのを見極めて下から風を送るようにした。
金と銀の花吹雪が空中を優雅かつ艶やかに宙に舞いしきっている。
「綺麗だな」
「煌びやかでとても素敵です」
感想を言いながら、肩を並べてその金と銀がいつか見た蛍の乱舞に似たものを目を瞠って観賞した。
それだけで、陶然とした紅の心の中にも金と銀の饗宴が起こっているような気がする。
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