「よ!来てくれたか……。」
相変わらずラフな格好で馬車や徒歩の人間が行きかう港の雑踏の石柱に凭れかかったシャーロックは眩しげにウィリアムの一分の隙もない服装と普段よりも若干緊張している顔を眺めていた、とても嬉しそうだった。
ウィリアムは伯爵家の馬車ではなくて辻馬車を下りて、人混みから頭一つだけ出たシャーロックの方へと近付いて行った。
「はい。約束ですから。僕は約束を違えるようなことはしません。しかし、少し道が混んでいたので遅れてしまったのは申し訳ないです……。お待たせ致しましたか?」
ほぼ同じ高さに有るシャーロックの顔を見ると先程まで感じていた後ろめたさが氷解して何故か心が溶けていくような気がした。
「俺も今来たばっかだし、別に待ってはいねぇよ」
ウィリアムはシャーロックの足元を見て淡く笑みを浮かべた。
「そんなに煙草を吸っているのに、ですか?」
シャーロックは慌てて足の下に散らばっていた煙草の吸殻の山を崩そうとした。
「いやぁ、来たのは10分くらい前なんだが、リアムが本当に来てくれるのか来てくれないのかとか考えちまって……、つい煙草の量が増えただけだ。
リアムが約束を守る人間だってコトは充分過ぎるほど知っていたんだが、伯爵家には怖えぇ人間が二人居るだろ?
だから抜け出されないんじゃないかって思ってしまって。
で、どうやって抜け出したんだ?」
ウィリアムはシャーロックの長い脚が吸殻の山を蹴散らしている様子を見て普段よりも明るい笑みを浮かべてしまっていた。
「『我々』に新たな――いえ、初めてといった方が正確ですね――敵というか、脅威が出て来たのでその対策を一人になってじっくり考えたいとそう言って屋敷を出て来ました」
シャーロックが目を眇めて真剣な眼差しでウィリアムのルビーに似た紅い瞳を見詰めた。
「新たな敵?それは……。
リアム『達』にとって俺は敵ではあるが、ある程度の譲歩は可能だ。結果的に相容れなくなっちまっても、な。しかし、今の状況ならばそこまで切羽詰まってないだろ。
そういう歩み寄りが出来ない相手なんだろ?大丈夫なのか……」
シャーロックの親身な口ぶりにウィリアムはむしろあどけない笑顔を向けた。
「色々手は打っています。ただ、追い詰めるだけの証拠が出ないので……。そのプランを考えるために一人になって考えたいと言ったら兄も弟もそして同志も納得してくれました。
だから貴方のシンデレラになる時間は出来ました、が……」
シャーロックは煙草の煙を肺がしぼむのではないかと思うほど盛大に吐き出して、海に捨てた。
船の乗降口を優雅かつ上品に歩むウィリアムよりも、シャーロックの方が険しい顔をしている。
「それは大丈夫なのか……?」
ウィリアムは先日シャーロックから受け取った一等船室のチケットを船員に見せていた。
「まだ分からないです。正直なところ。敵に対する情報が少なすぎて。
ですから、このシンデレラ・リバティの時間にでもじっくり考え」
「る積りです」と、そう言葉を紡ごうとしたウィリアムの薄めの唇をシャーロックの長く節張った指が塞いだ。
「そういう野暮なことを考えさせるためにわざわざ呼んだわけじゃない。
三日間は文字通り、シンデレラの『自由』の時間だ。
ま、気が向けば俺が相談に乗って……って、それはリアムにとっては要らん世話か……。
ただ、いつかの宝石商殺しの時は別々に考えて同じ解答を導き出したんだから二人で一緒に考えれば正解がより近付くんじゃね?
ま、相談する気になったら、いつでも言っ」
「てくれ」と言いかけたシャーロックの唇を今度はウィリアムの白くしなやかな指が塞いだ。
「船室に折角ご案内して下さっている乗務員の方がいらっしゃるのに『作り話』を延々とする神経が分かりません。ここは公共の場所ですよ」
ウィリアムひいては犯罪卿に対峙する「敵」……そんな頭脳と資金力、そしておそらくそれなりの武装集団まで持っている人間がこの国にまだ居たのかと思うと謎を解きたくなってしまい、ここがどのような場所か一瞬頭から飛んでいたシャーロックは「みだりに変なことを言うな」とウィリアムに咎められて口をつぐんだ。何しろ謎を解くことが――しかも「あの」ウィリアムまでが手こずっている相手なだけに尚更だ――第一の生きている証しだとまで思っているシャーロックの悪いクセが出てしまっていた。
ただ、この三日間だけはそういう自分の執着を棚に上げてウィリアムと二人きりの時間を愉しもうと思っていたし、実際、逸る気持ちのまま約束の時間よりも随分早く港に着いたというのに。
ウィリアムは厚いペルシャ絨毯が敷き詰められた一等船室のゲスト専用のエリアに足を踏み入れた途端に、歩みを止めた。
「ノアティック号の時もそうだったが、黄金比ってのはそんなに良いモンかね。
まあ、見事な建築だし、あの天使の像なんてものすげぇ造形美だと思うけど。それに螺旋階段やステンドグラスの天井も……」
二人並んで、ウィリアムは階段を、シャーロックはウィリアムの肢体を黙って見ていた。
ステンドグラス越しの陽光が赤や黄色の模様を織りなす空間に佇んだまま。
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このお話は、今ドハマり中の「憂国のモリアーティ」の虹小説です。1万字程度で書こうと思っていたのですが、私の悪いクセでついつい長くなってしまいました。
あと三回くらいで終わる予定、は未定です。
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