腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

2018年11月

「気分は、下剋上」<夏>後日談 3

「それで構いません。ご協力感謝致します」
 森技官が珍しく心の底から安堵したような笑いを浮かべている。こんな森技官を見るのは初めてだった。
「午後から遊園地でといっても流石に成人した男四人というのは浮きますよね……」
 二人きりでも周囲からはかなり浮いているという自覚は有った。祐樹最愛の人はそんな些細なことに拘ってはいないようなので助かっているが。
 そんな現状なのに、いい歳をした男ばかりの四人が一緒に行動するのはかなり変だろう。女性が混ざっているなら恰好は付くが、そもそも目的が「最愛の人と呉先生の『ここだけの話』をさせる」ためなのだから部外者は入れたくない。
「その点は厳選します。人気のスポットでなくとも構わないでしょう?あの業界も二極分化が進んでいるらしく、混んでいない遊園地は有りますので」
 森技官が――普段と同じように――自信満々な表情を見せた。遊園地も最愛の人が行きたがっていたスポットの一つなので、この際その話に乗ってみるのも悪くない。
「そちらはお任せします。午後から遊園地で遊んで、夕食にアルコール付きの場所に移動して、夕涼みとか何とか口実をそれらしくでっち上げて、ああその辺りはお手の物というか十八番というか……。いや、まあ、それは置いといて、ですね」
 森技官の端整な表情が剣呑な光を帯びたので、慌てて話題を変えることにした。
 普段の祐樹なら勝ちはしないまでも引き分けに終わる「精神攻撃」に――誰にも気取られないようにはしていたが――今の自分の精神状態が安定しているわけではないのも分かっていたので藪を突いて蛇を出すような真似はしたくない、特に目の前の相手には。
「でしたら、広い場所が必要ですね。散策も出来るような。
 遊園地というのは何か根拠というか理由が有りますか?」
 残暑が厳しい中でも黒いアルマーニのスーツを一分の隙もなく着こなした森技官に遊園地はそぐわな過ぎて何だか笑える。まあ、森技官の場合は実家が経営している産婦人科の跡継ぎとして新生児を抱いている図というのも想像すると可笑しかったが。
「いえ、開放的な気分になれる場所ならどこでも別に良いのですが。ただ、私の恋人が行きたがっていただけの話です」
 事務次官――実際は既に弱味を握り済みと聞いているが――とかもっと上の大臣クラスの人間からの難しい命令が有ってもこんな眉間にしわを寄せた顔にはならないだろうと思わせる感じもまた新鮮で妙に可笑しかった。
「『恋人』の意向ですか……。田中先生ご本人ではなく?」
 妙なことを聞かれるなとは思ったが有無を言わせぬ迫力は流石だったので、つい素直に頷いた。
「私は特に希望はありません。日常から離れた風景の場所であればどこでも別に」
 呉先生の怒りも至極尤もだと思う上に、その激怒を買うのを承知した上での暴露を祐樹最愛の人に向かって言ってくれた森技官への感謝の気持ちとか恩は忘れてはいない。
 だから、その恩返しの行事に二人で参加するのはむしろ大歓迎だった。
 それに祐樹自身も良い気分転換になるだろうし。
「では、バーベキュー……は駄目だ……。女性――バイトの女子大生とか店員さん――が焼いてくれたのを食べるだけではなくて、自分達で焼くのは……」
 眉間のしわがさらに深くなった。というか、この人は良くこんなに内臓や血液嫌いで医学部を卒業出来たなと改めて感心した。呉先生も初めて会った時に救急救命室に決死の覚悟で来たらしいが、そちらの方がまだ軽症のような気がする。
「バーベキュー程度なら私達二人で焼きますよ」
 仏心が芽生えてしまうほどの苦悩に満ちた顔だったので、ついつい譲歩をしてしまう。
「いえ、それでしたら、私達二人がゲストみたいになってしまいますよね。
 やはりこれは遊園地でしょう」
 力強く断言されて、そう言えばその前に自宅マンションで手料理を振る舞う約束になっていたことを思い出した。バーベキューと一口に言っても手つかずの自然めいた場所――のような雰囲気だけだが――で勝手に行う場所もいくつか知っているし、山小屋めいた感じの中で店員さんが焼いてくれるスタイルの場所も有る。ただ、男四人で後者を訪れるのは流石に気が引けた。
「では、遊園地で遊んだ後、夕食をアルコール付きで摂ってその後二人きりにさせて下さい。
 そこでどんな話をしようがそれは私の関知するところでは有りませんので」
 腕時計を見てもうこんな時間かと内心で驚いた。最愛の人「も」、精神的ダメージを受けているので早く帰って様子を見がてら一緒に過ごしたい。
 その思いが顔に出てしまったのか、それとも腕時計を見るという動作で察したのかすっかり冷えてしまったコーヒーをそそくさと飲みほした森技官は伝票を掴んで立ち上がった。
「当分は大阪に居ますので、日にちを指定して下さればいつでも空けます。
 教授の見事な手料理が食べられると聞けば私の恋人も少しは機嫌を直してくれるでしょうし……」
 常に嵐の中心に巌のような確かさで鎮座しているのが相応しい森技官の弱気なため息に、想定外の台風の中に巻き込んでしまった罪悪感めいたものを感じてしまう。
 ただ、この程度のことでは――時間を要するかもしれないが――深刻なダメージを受けると予想される人に協力要請をしたわけではなかった。相手が悪すぎたとしか言いようのない種類だっただけで、その点を見極められなかったのが悔やまれる。













 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。
 
 




        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 189

 多分、教授総回診での順番なのだろう――自分とは科が異なっているので病棟も違うし、時間もほぼ同じなために見たことはない――ナースに一番近い場所に清水研修医と桜木先生が異分子のように並んでいた。清水研修医は高級ブランドと思しきスーツ姿で、格好に構わない桜木先生の姿は立ち飲み居酒屋にそのまま入れそうというか競馬場に――実際に行ったことはないがテレビで観た記憶がある――良くいるタイプの人のような感じで好対照をなしていたが。
 脳外科に――清水研修医は本来の所属は精神科だし、精神科の人間も動員されているのに――混ざっていて良いのだろうかと思ってしまう。
 それに手術職人とも手術室の住人とも呼ばれている桜木先生は病院と家の――どこに有るかも聞いていない――往復だけしかしないタイプなのに、日曜日のこんな場所にわざわざ来てくれるとは思わなかった。
「その節は香川教授のお役に立てなかったばかりか田中先生の依頼を受けた段階で皇居の晩餐会とか国賓のボディガードなんて放置してさっさと京都に帰ってくれば良かったともうもう一世一代の不覚というか自分の情けなさ不甲斐なさにほとほと愛想が尽きる思いです。ああ、本当に残念でたまりません」
 信じられないほどの早口で祐樹にまくし立てている相模所長に祐樹は――内心では多分ウンザリしている感じが何となく分かったものの――にこやかな笑顔を浮かべている。
「そのようなことはないですよ。依頼して良かったと思っていますし、あれは不可抗力でしたから。来て下さって本当に有難う御座います。はい握手」
 普段以上に手早くサインをして、平井さんの方へと追いやってしまっていた。他人とも如才なく付き合える祐樹にしては珍しい対応に、何だか新鮮な一面を垣間見た思いで嬉しかったが。
「香川センセ……由美子、つなぎ言葉とっても上手くなったよ……。学校の先生にも『こんなに出来るなんて由美子を見直した』って褒めて貰えたもん!」
 「夏」の事件の後に公園で遊んでくれた子供の内の一人の由美子ちゃんがピアノの発表会に行くようなおめかしした格好と髪型で、スーツ姿のお母様らしい女性の手を振り払うようにして駆け寄って来た。
「由美子ちゃん、会いに来てくれたのはとても嬉しいのですが、走るのはとても危険なのでゆっくりゆっくり歩いて来て下さいね」
 自然と笑みが浮かんでくる。特に子供好きというわけではないが、あの公園で楽しく過ごしたセピア色に輝く記憶が脳裏を過って。
「はい。これご本。センセはとても偉いお医者さんだったのやね……。由美子はテレビで観てすごくびっくりしました。お母さんもイケメンな上に教授なんて最高っ」
 慌てて近付いて来たお母様が由美子ちゃんの口を押えている。多分家庭内で交わされた会話を暴露されるのを恐れたのだろう。
 自分の顔が他人よりも優れていると――それまでにも散々祐樹には言われていたが――自覚した今となっては、しかもテレビに映った自分を観て何を言われようとそれはその人の勝手だろう。
「由美子の母で御座います。この度は香川教授、田中先生おめでとうございます。お祝いに参りました。また、由美子の勉強を見て下さって本当に有難うございます。あれほど勉強嫌いだった由美子が、人が変わったように勉強に取り組むようになったのも先生、いえ、教授のお蔭です。
 由美子、将来の夢は?」
 塞がれていた口が自由になった由美子ちゃんは生気に満ちた無邪気な笑みを浮かべている。
「お嫁さんになろうと思っていたけど、看護師さんになるって決めたの。そのために一生懸命お勉強するから!」
 瞳をキラキラさせて言い切る感じがとても愛らしい。
「お嫁さんと看護師さんの両方を目指せます。頑張ってね」
 子供には難しい話だったのか由美子ちゃんはきょとんとした感じで目を大きく見開いていた。 
「両方……成れるの……?だったら……香川センセのお嫁さんになりたい……かな……。もちろん、看護師さんにもなる!!」
 子供と接する機会がほとんどないので、無邪気な愛らしさとか子供らしい生気に満ちた感じにこちらも元気を貰えたようだった、「夏」と同様に。
 隣の祐樹もつられたように営業用ではない笑いを浮かべている。
「詳しいことはお家に帰ってからお母様に聞いてみて下さい。何と書けば宜しいですか」
 お母様へと視線を転じると慌てたようにハンカチで顔を拭っていた。
「失礼なことを申しましてすみません。夢見がちな子供で……。
 『お勉強を頑張って下さい』とお願いします」
 親の願いは皆同じようになるのだろうな……と思いつつペンを走らせた。
「センセ、握手!!」
 椅子から立ち上がって足を折って目の高さを同じにした上で握手をした。小さな手の温かみが春の日差しのように心まで暖めてくれるかのような一瞬だった。
「ありがとうございます」
 お母様が深々と頭を下げてくれた。由美子ちゃんもお母様の勢いにつられたのか同じように頭を下げていた。
 祐樹がその様子をとても満足そうに笑って見守ってくれる気配を感じて更に嬉しくなったが。












 
【お詫び】
 昨日分の更新では、色々ややこしくなって申し訳ありませんでした。
 
 




        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 188

「有難う御座います。プライベートでも色々とお世話になっているのに、何だかご恩だけが溜まっていく感じです」
 呉先生はスミレの花の可憐さに相応しい小さな声だった。
「いえ、呉先生にご迷惑をお掛けしているのはむしろ私達なので……。いらして下さるだけでとても嬉しいです」
 握手しながら――先程の書店でも散々求められていた――「握手権」で売っている人気アイドルクループは、自分とはけた違いの握手をこなしているというインターネットのニュース欄で見た記憶があったので、彼女達の重労働を垣間見た気がした。
 ただ、呉先生との握手は友人としての意味合いが強かったが。
「田中先生、おめでとうございます。お二人が壇上に雛人形のように並んでいるお姿もとても似合っていますね」
 森技官の良く通る声が聞こえてきて何だかとても嬉しかった。雛人形も天皇陛下――いつの時代なのか、そこまでは知らないが――とお后様を模したことは知っていた。夫婦として公的には認められていないし、現在の風潮で同性同士のカップルを役所などの公的機関が認めるということもニュースなどで見聞きしていたものの、勤務先に露見するとデメリットしかないとの判断から見送ってきたのも事実だった。
「雛人形ですか……。それは有難う御座います。サイン会にまでご足労頂いたことも」
 横目で盗み見た祐樹は他の人の目と耳を憚ったのか祐樹も晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
 森技官はおそらくテレビカメラを意識しているのだろう、祐樹のサインを済ませた本をさり気ない感じで目の高さまで上げて顔を隠していた。事務次官を目指すと広言している人は何事もソツがないと感心してしまったが。
 靴を買いに行ったと思しき長岡先生はともかく久米先生や岡田看護師の姿がこちらの視界に入って来ない――高木氏が指図したロープで巧みに配置はされている長蛇の列なのでこの会場に居る人間は全員見えてしまう。
 スマホで撮影している人とか、サインを終えても会場の外側の柱などには多数のお客さんが残ってこちらを見ていたり、撮影ではなくてスマホを弄っていたりする姿も。
「香川教授……。その節はお力になれずに誠に申し訳御座いませんでした……。一生の不覚と悔やんでも悔やみきれないです」
 蚊の鳴くような声にどこか聞き覚えがあった。
「ああ、お父様はその後、お元気ですか?わざわざいらして下さってとても嬉しいです」
 「夏」の事件で祐樹が身辺警護を頼んでいたMSセキュリティの所長を務める女性だが、警護に入る前にコトは起こってしまっていた。ただそれよりも前に彼女のお父様の執刀を行っていたので家族を呼んでの容態説明などで顔を合わせたこともある。
「はい、お蔭様で……。今では長野県などのアルプスの登頂も……気楽に行っています。
 あの、名前の前に『お仕事頑張って下さい』と書いて……頂けますか」
 祐樹曰く、マシンガントークの女王様という異名を周りの人に漏れなく付けられているらしいが、借りてきた猫よりも更に神妙だし声も弱弱しい。本当にこの女性がそういうあだ名を持っていること自体、自分には信じられないが。
「あ……握手して頂いても……」
 蚊の鳴くようなというよりも何だかウイルスが――発声器官がないことは知っている――鳴くような声だった。
 手を差し出すと、恐る恐るといった感じで手が差し出されたので握手を交わす。
「この手は一生洗いたく……ないです。本当に……有難う御座いました」
 自分の好きなお菓子メーカーの――多分店舗で用意されている最大の大きさだろう――紙袋が大きな音を立てている。それに彼女は花粉症では多分ない感じで涙ぐんでさえいたのが印象的だった。
「本当にあの人は貴方のファンなのですね……。専門医をたじろがせるほどの知識量の持ち主で、そして機銃掃射のような感じで柏木先生に質問等を浴びせかけた前例の持ち主ですし私も電話では一方的にまくし立てられてしまったのですが……貴方の前では本当に借りてきた猫状態なのですから」
 二店舗目ということで祐樹も慣れたのだろう、サインと握手の合間にそんなことを小声で話してくれるようになった。何だか大勢の前で密談めいたことをしていると、不思議な魂の高揚を感じた、目の前の紅い薔薇よりもさらに紅い高揚感を。
「列の真ん中よりも少し後ろ、白河教授を先頭に脳外科の医師がずらりと並んでいます。そしてその後ろにはナース陣ですね。何だか教授総回診がこの書店に引っ越してきたような感じです」
 壇上に上がって来た人への対応を――慣れない笑顔を取り繕うという作業も労力を要したので――最優先させていたが、祐樹の呟きに視線を転じると確かに白河教授を先頭に脳外科の先生達やナースが整然と並んでいたので驚いた。
 斉藤病院長や教授達は己の立場を考慮してサイン会のような「気軽な」場所には来ないと聞いていたので、岡田看護師が先程言っていた「脳外科の皆」には、当然白河教授が含まれていないと思っていたのだがどうやら異なったらしい。
 内田教授が来る予定だと長岡先生に聞いた時はポジションに関係なく「戦友」とか「職場の友達」として医局抜きで来て貰えるものだと「常識」で判断したのだが、白河教授は医局ぐるみでの応援らしい。それに、脳外科御一行様の中に意外過ぎる顔を見てしまい、ほんの一瞬目を疑った。












 
【お詫び】
 仕事行く前に原稿書けるかも!と時間との闘い的な感じで書きました。
 クオリティ(有るのか?そんなモノ……)下がっていないと良いのですが、大急ぎでアップします。
 言動が二転三転してすみませんです(泣)
 




        こうやま みか拝

「気分は、下剋上」<夏>後日談 2

直前の記事でお休みを告げた後に「あ!ちょこっとは書き溜めてたのが有る!」と遅まきながら気づきました。やはり趣味とはいえ、更新をお休みしたくないのでアップします。勝手ばかり申してすみません。身内にトラブルが有って朦朧としていたので取り急ぎアップした時には忘れていたという……。この話は「夏」の事件の後日談として書いていたものですが、公開するのを忘れていたという←バカです!色々と時系列が錯綜してややこしいと思いますが少しでも楽しんで下さる方がいらっしゃれば嬉しいです



「『貴方』の恋人の精神的ショックの酷さを看過出来ずにですね……。隠し玉を使ってしまいました、禁じ手に近い、ね。その代償というか情報の交換というか……『貴方』の恋人の寝室で田中先生にしか見せない姿を教えて頂くことは出来ませんか?
 あれからどうも――いえ、理性では彼も良く理解はしてくれていますが――感情の方で許し難いものが有るらしくて、以前のような仲ではないのです。
 隙間風が吹いているというか」
 森技官の苦み走った男らしい顔には、将来事務次官になった後に、かつての薬害エイズ事件とか消えた年金問題のような国民の誰もが厚労省に怒るような事態が勃発して国会に証人喚問を受けてもこんな表情を浮かべないだろうな……と思える悄然とした面持ちだった。コーヒーを噴き出すことなくようやく飲み下したが、美味しいハズのコーヒーが――もちろん祐樹最愛の人の淹れてくれる物が最上の美味だが――何だか泥を含んだお湯のように感じた。胃にも土が溜まっていそうな錯覚を抱くほど。
 ただ、多分アルマーニと思しき三つ揃えのスーツに包まれた広い肩も何だか祐樹が主治医を務める72歳の方よりもすぼんで見えた。
 まあ、確かに――同好の士ではあったが――友達に寝室事情を暴露された呉先生の怒りは尤もだろうし、そしてその動機が祐樹最愛の人の精神的ショックから立ち直らせるためだったので協力するにはやぶさかではないが、何せ相手は「あの」森技官だ。
「『貴方』の恋人の寝室での振る舞い、いや寝室だけではないですね……飛行機の中でまでコトに及んでしまうからには屋外とかトイレの中とか……そういう下地が有ってのことでしょう。
 それに以前私が半ば冗談でお誘いした時には本気で拒絶されましたので、我々のような人種には珍しい貞操堅固な方でしょう。
 そういう恋人でも田中先生と二人きりの時にはどう振る舞うのかを私に教えて頂けませんか?重ね重ねの御言葉で申し訳ないのですが、何とか元の間柄に一日でも早く戻りたいのです……」
 血液とか内臓などを見たり嗅いだりする時以外は嫌味なほどに自信満々の森技技官がこうまで哀願口調というのも珍しいが、そして「夏」の事件では森技官と恋人の呉先生の貢献度はいくら感謝しても足りないのも事実だったが、言えることと言えないことはやはり存在する。
 祐樹が目の前でがっくりと肩を落としている森技官から呉先生へと「ベッドの中の最愛の人」の様子を伝えても99%の確率で恋人の耳には入らないだろうが、万が一の――いやこの場合は百に一が正確な数字だが――可能性がある以上は絶対に告げてはならないと心の中で警告音が鳴り響いている。
 それに最愛の人が心も――そして当初心配の余り居ても立ってもいられなかった腕の傷という――身体もまだまだ予断を許さない今は更に危険だったので祐樹としては石橋を叩いて渡るほどの用心深さでコトに当たらなくてはならない。
 そもそも危険を最も早く察知しながら後手後手に回ってしまったのは祐樹痛恨の、そして取り返しのつかないミスだったので。
 ただ、森技官の気持ちも痛いほど分かるので、どうしたものかと真剣に考えてしまった。
「タバコを吸って良いですか?」
 厚労省も――管轄の一つに国民の健康の維持という大義名分が有るからだろうか――禁煙を省が一丸となって奨励しているからなのか非喫煙者なのは知っていた。
 ただ、たまたま入った密談も出来そうな喫茶店のテーブルの上には灰皿が置いてあるので吸っても良いのだろう。
「どうぞ。副流煙でどうこうなるようなひ弱な身体は持ち合わせていませんので」
 強気な発言は普段の森技官だったが表情とか身体全体で受ける印象はその逆だった。
 呉先生のことを愛しているからだと――そして敢えてそういう大切な恋人の逆鱗に触れるのを覚悟の上で暴露してくれた――森技官の恩に何とかして報いたいとは思ったが。
 タバコを深々と胸に吸い込んで考えを纏めることにした。
「結論を申し上げます。私の口からは無理です。しかし、私の恋人と呉先生の間で何を話そうとそれは二人だけの問題ですよね。
 ですから、私からも良く言い含めておいた上で――もちろん言葉は選びますが――四人でダブルデートめいたことをしませんか?
 どこか解放的な気分になれるような広い場所で……そして二人だけになる機会も充分に作れるような……。
 その時……出来れば夜が好ましいですが、二人きりで話せばあるいは……と思います。
 そういう条件なら喜んで呑みますが、それ以上の譲歩は正直今現在において不可能です。本当に申し訳ありませんが」
 形式とか礼儀上ではなくて心の底から深く頭を下げた。森技官にまさかこんなことを自発的にする日が来るとは思ってもみなかっただけに――何しろ一度は土下座まで要求されていたのだから――祐樹も内心では感慨深いモノが有った。
「今日マンションに帰って四人の食事会のことを伝えます。答えはイエスだと思いますので、その食事の御礼ということでさり気なくダブルデートの話を切り出して下さい。
 私はもちろん賛成に回りますし、私の恋人もノーとは言わないでしょう。
 その後日時を決めて決行しませんか?」











 

 




        

「蓮花の雫」<結光・視点>34

「北の方様は……その……御不快には思し召しにならないのでございますか」
 頼長様は凛々しい唇をもしろ、たおやかな笑みとでも申し上げるほかはない可笑しげなお顔がかがり火に浮かび上がっておりました。
「夜桜の君、言の葉が先程とは異なるな……。おなごの悋気は厄介なものと相場が決まっておるようだが、そのような浅慮を抱く者ではない。 
 そうそう悋気と申せば、随身の秦のなにがしという者の名前を存じているか」
 可笑しそうな御顔がさらに深まりました。しかし、私でも都雀の噂に上るそのお人の名は聞いたことがありました。頼長様の「こういう」御相手としてでしたが。
「……はい。伺った覚えは有ります……」
 悋気と仰るからには、やはり口さがない噂だけではなくて誠のことなのでしょう。
 ただ、御身分を考えるとそういう御方が多数いらっしゃるのも世の習いです。
「秦氏は不思議な一族でな。そもそもこの都は、私が心の底から御尊敬申し上げて政の手本にも致しておる聖徳太子様の御世では側近で、その頃この地を領じておった一族の末裔だ。
 しかも、我が藤原氏のように政の表舞台には全く出ずに、それでいて影の影響力をいまだに保っておる。
 秦氏も養子で保っているのが実情で、私の随身となって仕えている者も元々は私の実の母君の妹で、いわゆる従兄弟に当たる人間だ。
 幼い頃は私も馬が好きで、良くその従兄弟達と遊んだ思い出がある。
 私は落馬をしてしまって命に関わる怪我を負い、その結果学問の道に進んだ。叔母君と母上は仲が良かった縁で、いわゆる幼馴染といったところだ。
 叔母君が秦氏との交誼が何故か深く――多分、藤原氏嫡流家と影で繋がりたかったからだと推察されるが――いつの間にか秦氏を名乗るようになったが、実際は藤原氏に連なる者だ。
 そして、馬の上手ということと武勇にも富んだ人間ということのみ取沙汰されるが、実際は学問の道にも秀でていて、私の戯れごとに付き合ってくれている。
 つまりは私の日記同様に彼らも日記を記していて、その日付けだけは正確だが実際のところは異なるので、悋気など起きようはずもない。むしろ夜桜の君が明日の『所現わし』の宴の席に着くことを心の底から喜んでくれる。
 それに私の従兄弟達を夜桜の君が実際に見れば、驚くことは間違いないだろう。
 その意味でも楽しみなことではある」
 幼い頃がよほど楽しかったのでしょうか、頼長様の笑みがいっそう濃くなりました。
 ただ、落馬なさったということは世の噂にはなっていないような気も致しますが頼長様の御生母様が兄君の忠通様の母君より劣っていたからかもしれません。
「落馬なさったのですか、その御傷は今も……」
 貴人の嗜みとして――と申すよりも素肌を全て露わにした今の私のほうが世の習いからは外れたことでした――少し乱れた直衣姿の頼長様のお身体を拝見してはおりません。
「幼き頃のこと故、今はどうということもない。
 後は……こういう手管を使っても、取り入りたいと思っていた上皇様の側近の公家達と関係がなかったと言えば空言になる。
 しかし、それは向こうも承知の上なので……悋気とまでは行かぬだろう」
 貴人の場合はそういうこともままあると私のような身分でも漏れ聞いておりました。
 それに、邸の女房仕えをしている女性が姫君の寝所の手引きをするためだけに契りを結ぶことも。そういう場合は「召人」と呼ばれて、物の数にはならない場合も多かったようです。「光る源氏の君の物語」にも同様のことが書かれておりましたので。
「それはそうと、夜桜の君の父上などは手に取るのすら汚らわしいと思う類いの書物にな――私も下臈女房の一人が読み耽っていたのを戯れに手に取ったのだが――『とりかえたい物語』というのが昨今、密かに流行っているらしい。紫式部殿の書かれたような、肝心な場面は綺麗に省くという手法は全く使っておらず赤裸々過ぎて読んでいると広言するのが憚られる類いの書物だ。
 夜桜の君は存じているか」
 御話が飛んだようにも思いましたが、聡明さでも音に聞こえる頼長様のことですので、きっとどこかで繋がりがあるのだろうと、素直に首を横に振りました。
 それに「光る君の物語」のことを考えていた私のことを読み取ったかのような御話し振りが何だか心まで繋がったようで嬉しかったのも事実でした。
 光る君が御崩御なさる巻名は有っても、言の葉が一文字もないという見事さとは対極にある物語なのでしょうが。
「その物語は、とても良く似た腹違いの同じ年生まれの男君と女君が、性格や振る舞いなどが『取り換えたい』と父君に思わせるほど逆になっていて、ついつい話を合わせていたせいもあって、女君が男性として出仕するという話だ。
 宮中の宿直の晩に直衣姿の女君が、親友の宰相の君に押し倒される場面が有ってな、直衣の下は紛れもなく女性の身体で、そのまま事に及ぶという……。果たしてその宰相は内心は狂喜したのだろうか、落胆したのであろうかと気になっていた。
 私なら確実に落胆したであろうから。
 しかし、実際のところ宮中でもそういうことが平気で行われるという昨今の風潮を巧みに描いた物語ではあった。
 男女問わず、色の道で落とせるものはそのようにする。ま、他に手段があればそちらを使う方が早いが。
 しかし、夜桜の君とは前世の因縁がよほど深かったのだろう。
 このような仲になれたのも」
 桜が雪のごとく静かに舞い散る中で、秘めやかな力強い御声に聞き入っておりました。
 夢幻のような心持ちで。












 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。
 お休みしてしまって申し訳ありませんでした。なるべく毎日更新したいのですが、なかなか時間が取れずにいます……。
 目指せ!二話更新なのですが、一話も更新出来ずに終わる可能性も……。
 なるべく頑張りますので気長にお付き合い下されば嬉しいです。
 




        こうやま みか拝
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