「ああ、あの件ですか……意外にもというか案の定というか子供に懐かれていましたよね。
私は少し苦手ですね……。何かとうるさいし次の行動が予測出来ませんから。
それで?」
もう完全に過去の出来事として吹っ切れたのか、思いのほか穏やかな笑みが返ってきた。
「あの時にはお母様方は全く気付かなかったらしいが、あのテレビ中継では二人で同じ画面に収まっただろう?それで、呉先生の家に……」
祐樹が納得したように頷いた。
「今のように前髪を自然に下ろしていると印象が全く変わりますが、確かに二人して並んでしまっては流石に露見するでしょうね。あの時の『京大医学部出身の家庭教師』が世界に冠たる香川教授だと。
まあ最高に贅沢な家庭教師、しかも無料でしたからね……確かキョウ君とかエリ何とかちゃんのお母様達が血相を変えて呉先生の薔薇屋敷に押しかけたのですね。想像だけで可笑しいです」
前髪を上げると印象が変わることは否定しないが、それを言うなら祐樹こそその筆頭だろう。
秀でた綺麗な額を全部上げると凛々しい顔がより引き締まって見えることを知っているのは今のところ自分一人だけかもしれない。ただ、近いうちに世界の医師限定レベルでは認知されるようになるだろうが。当時のことを思い出して心の底から可笑しそうな笑みを浮かべている祐樹の強さに思わず安堵のため息をこっそり零した。
その晴れ舞台のための衣装選び――今は店から自宅へと送って貰う手はずになっているが――が今日の一つの目標だった。
「英美理ちゃんだろう、あとハヤト君とか由美子ちゃん、ヒデユキ君などが居たな……」
あの時は――確かに一時的にメンタルが不安定になっていたし――その五月蝿さとか活気めいたものに癒されていた気がする。あの夏の公園の光景は今となっては懐かしさしか感じない記憶だった。
「ああ、そんな名前でしたよね……確か。でその子達のお母様が何と仰ったのですか?」
肉をコトコトとデミグラスソースで煮込んだシチュー風の牛肉を嬉しそうに口に入れた祐樹は――ちなみにこれは祐樹のお母様から頂いた田中家のレシピの中で大好物というお墨付きの一品だった――美味しそうに眼を細めてとても満足そうだった。
こういう表情を見るためなら何時間かかっても作った甲斐もあるし、見ているだけで幸せ色に包まれた気分になる。
「あの時何故知らせてくれなかったとか……。まあそれはあの時は呉先生も私を診るだけで精一杯だったろうし仕方のないことだが。
それで今回の本のことを話してサイン会に皆で来てくれることになっている。
全員のお母様が必ず子供と一緒に来てくれそうだ。呉先生の人徳のお蔭も有って」
祐樹の健啖振りにつられて自分もナイフとフォークを動かすペースがいつもよりも早くなってしまう。
こういうふうに一生笑い合って過ごしていける確固たる自信が出来た今となっては、この時間すらも黄金色の想い出に変わるだろう。
「ああ、なるほど。そういうふうに地元の人間を動かすわけですか。呉先生とかお年寄り限定で評判が良いらしい森技官もその辺りは配慮して動くでしょうね。
貴方の株が更に上がれば厚労省内でも森技官に対する評価は更に良くなるでしょうから。
まあ、彼も呉先生とは異なった意味で貴方のことは好きでしょう、地位などを取った素の状態でも……。嫌いになる人は多分居ないでしょうが……」
自分のことは良く分からないものの、祐樹が言うのだからそうなのだろう。
それに森技官も祐樹のことを気に入っていると内心では思っているのだが、それを口にするとせっかくの祝いの席の雰囲気が悪くなるそうで黙ることにした。
「森技官は文科省の知人だかに掛け合って、公立の学校の指定図書にして貰えるように計らってくれるらしい。
まだ、その後の連絡は来ていないが、彼のことだからきっと上手く立ち回るハズだ……」
祐樹が宙に浮かせていたフルートグラスを静止させている。
キッチンの照明を間近に受けてシャンパンの細かい泡が幸福そうに甘く弾けていった。
「それは……。小学校から高校まででしょうかね。具体的に何校あるのかは存じませんが物凄い数になりそうですね。斉藤病院長も鼻高々でしょうね。指定図書に選ばれるだけの価値は充分あると思います」
空中で祐樹のフルートグラスに自分のとを重ね合せさせたら綺麗な音が響き渡った。凱旋を告げる天使の声のように。
「それもこれも、祐樹が使命感溢れる医師にでっち上げてくれたお蔭だ。本当に有難う」
祐樹が心の底から可笑しそうな笑いを漏らしている。
「いや、そのままの貴方を書いただけですよ。
私が一緒に居てもきっと貴方は病院に行ったに違いありませんから。あくまでも二人が無事だったらという前提ですが」
そう指摘されてしまうと、そうかもしれないなと思ってしまう。
あの時は祐樹の安否確認しか考えが及ばなかったが、もし一緒の寝室に居て飛び起きたとしても病院に駆けつけて出来ることはないかを考えていただろうから。
あの日は北教授があいにく国際学会に出張中という事態を受けての代理指揮権を委ねられたが、一人の外科医としても充分以上に役に立てる自負はあるし、祐樹などキャリアというか勤続年数で救急救命医としても立派に働けるだろうから。ああいう時は即戦力は多い方が良いことは知識として知っていたし。
祐樹の腕の傷はすっかり良くなって執刀にも全く支障をきたしていないのは何よりだった。あの時に咄嗟の判断力で腱を避けてメスを逃しただけでも驚嘆に値するが、万が一のことを考えてしまって内心は案じていたのも事実だった。
アメリカの恩師の手術中の怪我の嫌な記憶が頭の中に有るせいかもしれなかったが。
「そんなこんなで、サイン会とテレビ出演の件おめでとう。
そして有難う祐樹」
姿勢を正して何回してもし飽きない乾杯を重ねた。
サラダボウルに入れた大根と人参と生ハムのサラダも畑から直接持って来たのではないかと思えるほどシャキシャキとしていて美味しかった。
「いえ、こちらこそ本当に有難う御座います。
『テツコの部屋』ですか……。母も大好きな番組ですし、ウチの田舎ではあの年齢の人は皆観ていますので、不肖の息子がそんな高名な番組にゲスト、しかも貴方と一緒に出たら母も喜ぶと思います」
祐樹が輝くばかりの笑みを浮かべて自分だけを見ている。
それだけでシャンパンよりも酔ってしまいそうだった。
私は少し苦手ですね……。何かとうるさいし次の行動が予測出来ませんから。
それで?」
もう完全に過去の出来事として吹っ切れたのか、思いのほか穏やかな笑みが返ってきた。
「あの時にはお母様方は全く気付かなかったらしいが、あのテレビ中継では二人で同じ画面に収まっただろう?それで、呉先生の家に……」
祐樹が納得したように頷いた。
「今のように前髪を自然に下ろしていると印象が全く変わりますが、確かに二人して並んでしまっては流石に露見するでしょうね。あの時の『京大医学部出身の家庭教師』が世界に冠たる香川教授だと。
まあ最高に贅沢な家庭教師、しかも無料でしたからね……確かキョウ君とかエリ何とかちゃんのお母様達が血相を変えて呉先生の薔薇屋敷に押しかけたのですね。想像だけで可笑しいです」
前髪を上げると印象が変わることは否定しないが、それを言うなら祐樹こそその筆頭だろう。
秀でた綺麗な額を全部上げると凛々しい顔がより引き締まって見えることを知っているのは今のところ自分一人だけかもしれない。ただ、近いうちに世界の医師限定レベルでは認知されるようになるだろうが。当時のことを思い出して心の底から可笑しそうな笑みを浮かべている祐樹の強さに思わず安堵のため息をこっそり零した。
その晴れ舞台のための衣装選び――今は店から自宅へと送って貰う手はずになっているが――が今日の一つの目標だった。
「英美理ちゃんだろう、あとハヤト君とか由美子ちゃん、ヒデユキ君などが居たな……」
あの時は――確かに一時的にメンタルが不安定になっていたし――その五月蝿さとか活気めいたものに癒されていた気がする。あの夏の公園の光景は今となっては懐かしさしか感じない記憶だった。
「ああ、そんな名前でしたよね……確か。でその子達のお母様が何と仰ったのですか?」
肉をコトコトとデミグラスソースで煮込んだシチュー風の牛肉を嬉しそうに口に入れた祐樹は――ちなみにこれは祐樹のお母様から頂いた田中家のレシピの中で大好物というお墨付きの一品だった――美味しそうに眼を細めてとても満足そうだった。
こういう表情を見るためなら何時間かかっても作った甲斐もあるし、見ているだけで幸せ色に包まれた気分になる。
「あの時何故知らせてくれなかったとか……。まあそれはあの時は呉先生も私を診るだけで精一杯だったろうし仕方のないことだが。
それで今回の本のことを話してサイン会に皆で来てくれることになっている。
全員のお母様が必ず子供と一緒に来てくれそうだ。呉先生の人徳のお蔭も有って」
祐樹の健啖振りにつられて自分もナイフとフォークを動かすペースがいつもよりも早くなってしまう。
こういうふうに一生笑い合って過ごしていける確固たる自信が出来た今となっては、この時間すらも黄金色の想い出に変わるだろう。
「ああ、なるほど。そういうふうに地元の人間を動かすわけですか。呉先生とかお年寄り限定で評判が良いらしい森技官もその辺りは配慮して動くでしょうね。
貴方の株が更に上がれば厚労省内でも森技官に対する評価は更に良くなるでしょうから。
まあ、彼も呉先生とは異なった意味で貴方のことは好きでしょう、地位などを取った素の状態でも……。嫌いになる人は多分居ないでしょうが……」
自分のことは良く分からないものの、祐樹が言うのだからそうなのだろう。
それに森技官も祐樹のことを気に入っていると内心では思っているのだが、それを口にするとせっかくの祝いの席の雰囲気が悪くなるそうで黙ることにした。
「森技官は文科省の知人だかに掛け合って、公立の学校の指定図書にして貰えるように計らってくれるらしい。
まだ、その後の連絡は来ていないが、彼のことだからきっと上手く立ち回るハズだ……」
祐樹が宙に浮かせていたフルートグラスを静止させている。
キッチンの照明を間近に受けてシャンパンの細かい泡が幸福そうに甘く弾けていった。
「それは……。小学校から高校まででしょうかね。具体的に何校あるのかは存じませんが物凄い数になりそうですね。斉藤病院長も鼻高々でしょうね。指定図書に選ばれるだけの価値は充分あると思います」
空中で祐樹のフルートグラスに自分のとを重ね合せさせたら綺麗な音が響き渡った。凱旋を告げる天使の声のように。
「それもこれも、祐樹が使命感溢れる医師にでっち上げてくれたお蔭だ。本当に有難う」
祐樹が心の底から可笑しそうな笑いを漏らしている。
「いや、そのままの貴方を書いただけですよ。
私が一緒に居てもきっと貴方は病院に行ったに違いありませんから。あくまでも二人が無事だったらという前提ですが」
そう指摘されてしまうと、そうかもしれないなと思ってしまう。
あの時は祐樹の安否確認しか考えが及ばなかったが、もし一緒の寝室に居て飛び起きたとしても病院に駆けつけて出来ることはないかを考えていただろうから。
あの日は北教授があいにく国際学会に出張中という事態を受けての代理指揮権を委ねられたが、一人の外科医としても充分以上に役に立てる自負はあるし、祐樹などキャリアというか勤続年数で救急救命医としても立派に働けるだろうから。ああいう時は即戦力は多い方が良いことは知識として知っていたし。
祐樹の腕の傷はすっかり良くなって執刀にも全く支障をきたしていないのは何よりだった。あの時に咄嗟の判断力で腱を避けてメスを逃しただけでも驚嘆に値するが、万が一のことを考えてしまって内心は案じていたのも事実だった。
アメリカの恩師の手術中の怪我の嫌な記憶が頭の中に有るせいかもしれなかったが。
「そんなこんなで、サイン会とテレビ出演の件おめでとう。
そして有難う祐樹」
姿勢を正して何回してもし飽きない乾杯を重ねた。
サラダボウルに入れた大根と人参と生ハムのサラダも畑から直接持って来たのではないかと思えるほどシャキシャキとしていて美味しかった。
「いえ、こちらこそ本当に有難う御座います。
『テツコの部屋』ですか……。母も大好きな番組ですし、ウチの田舎ではあの年齢の人は皆観ていますので、不肖の息子がそんな高名な番組にゲスト、しかも貴方と一緒に出たら母も喜ぶと思います」
祐樹が輝くばかりの笑みを浮かべて自分だけを見ている。
それだけでシャンパンよりも酔ってしまいそうだった。
リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
こうやま みか拝