腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

2018年06月

気分は下剋上 学会準備編 123

 黒木准教授からだったら自分も病院に戻らなくてはならないのは医局の責任者としての務めだったし。
 病院長の執務室からの電話だったので(原稿の出来映えについてだろうな……)と思いつつ通話ボタンを押した。
『斉藤ですが、原稿を拝見しました。その件について数分お話ししたいのですけれどもお時間は……』
 いつも溌剌さと威厳を感じさせる斉藤病院長の声に――こういう話し方も今後の参考にしようと心の中の記憶装置をフル稼働させつつ――聞き入った。ただいつも以上に元気そうなのは良い知らせだろうが。
「はい。私は定時上がりですので全く構いません。病院長のほうこそ貴重な時間を割いて頂きまして有難うございます」
 心の持ち方次第で――今までは意識せずに割と淡々とした話し方だっただろうし、また無機的な感じが強い口調で齋藤病院長とは話していた記憶しかない――あくまで自分基準だが「感じのいい」話し方に変わっていくのを自覚した。
 従来はこれ以上の出世を考えたこともなかったので、必要最低限の礼儀さえ弁えていればそれでいいと思っていたが、裕樹が教授職というポストに就くには自分が次期病院長になるしか方法はないことに気付いてからは今までも充分気に入られているハズの齋藤病院長の覚えをさらにめでたくする必要性を強く感じていたので。
『原稿は読ませて貰いました。
 素晴らしい出来ですね。特に心理描写が素晴らしいと思いましたが、あの部分は田中先生が書かれたのでしょう?』
 威厳に満ちた営業という裕樹ですら感心の的にしている齋藤病院長の話し方がより一層テキパキとしていたし何よりも声が明るかった。
 その上形の上では疑問文のようだったが内心は確信している感じが透けて見えるのは「自分がどれだけ興味を持って聞いているか」だろう。それまではごく機械的にしか接していなかったので、当然ながら言葉の中身は悉く暗記してはいたものの、言語として発しない部分については関心を抱いたことは一切なかったのも事実だった。
 その傾向は唯一の上司である病院長だけでなくて、自分と関わりのある全ての人で、唯一の例外は当然のことながら裕樹のみという我ながら現金な結果に唇に笑みが浮かんでしまう。
「はい、そうです。ただそれが何か問題でも……」
 隠し立てすることでもないような気がしたのでありのままに答えた。それにあんなにも語彙の豊富さとか文章構成能力がない自分のことを裕樹や自分以外で知っているのは多分病院長だろう。何しろ唯一の上司なので問題があればその都度報告書は上げていた過去があった。医局の責任者としては当然のことだったが。
『問題というわけではなくて……。田中先生の文才に感心しきりです。
 それに教授の職業意識の高さも身が震えるほどの感動を覚えました。
 予想を遥かに凌駕した非常にいい出来なので、私も――医療現場から遠ざかって久しいですが――昔、医大生として一番純粋だった頃を思い出して胸が熱くなりました」
 魑魅魍魎が蠢く権謀術数の戦の中を無事に生き残って今のポジションに就いた齋藤病院長は医師としての使命感は大学時代に置き去りにしてしまったらしい。
 まあ、自分だって「あの直後」には医師としてなど頭の中から飛んでしまっていたのも事実だったが。
 まあ、それはそうと本が売れると、出版社から直接オファーが来そうな勢いですよね。
 二匹目の泥鰌を狙うというか……。確実に売れた本には必ず二番煎じのような本が出ますよね。
 しかし、ここだけの話、どこの旧国公立大学病院というごく狭いながらも権威もプライドも持ち合わせた世界の中では異端児として扱われてしまうために、大学の出版科以外でのオファーは断った方が良いとアドバイスをしたくてですね……。正直ここまでの出来映えだとは思ってもいなかっただけにその点だけが気になりまして』
 齋藤病院長の真意を読むのは難しいと教授会の直前などに集まった人間達の間で愚痴めいた立ち話になることはあったが、今回の件では特に裏も表もなさそうな気がする。
 それに裕樹の文才を褒められるのは魂が宙に跳んでしまうほど誇らしくて嬉しくて唇により一層の笑みを浮かべてしまっている。
「そうなのですか?同業者でも、ベストセラー作家がいますよね?あいにく面識はありませんが」
 確かドラマ化も映画化もされた小説の原作者は大学病院勤務だった。ただ、齋藤病院長は感想と共に気を付けるべき点をわざわざ知らせるためだけに、ひいては祐樹の将来のためを慮って電話をしてきてくれたような気がする。
 まあ、病院へそれだけの貢献を普段の祐樹が果たしているからこその斉藤病院長の配慮なのだろうが。
 一冊出すのだってこんなに時間が必要だと身に沁みて分かった――個人的には大変楽しい作業だったが――通常業務がそもそも激務中の激務の裕樹の時間をこれ以上奪うことはさすがに気が引ける。
 今回の本の話は裕樹の発案なのでそれほど抵抗はなかったが。
「世間的に作家として認知されていても、病院内での評価は著しく下がるのがこの世界です。
 ですので田中先生がこの病院で生き残っていくお気持ちをお持ちであればあるほど、出版社からのオファーは断ってください。余りにも原稿の出来が良かったものでつい老婆心からご連絡を差し上げてしまいました。
 大学からの出版だと問題はないので、そのように田中先生にもお伝えください。
 出版科にも私自身が激励の連絡をしますし、それに出版記念パーティだか何百万部記念だかのパーティの予算もさらに上乗せします。
 あんなに出来の良い小せつ……ではなくてドキュメンタリー本を作って下さったお二人には厚く報いなければ……」
 二人の真の関係を知っているだけに裕樹のでっち上げの心情部分が分かってしまったのだろうが、その点は暗黙の了解でスルーしてもらえるらしい。
 それにオーク○での宴会がさらに予算が使えるという朗報には胸が躍った。
 耳に携帯を当てたまま帰路についた、弾む気持ちのままいつもよりも早い足取りで。
 何だか原稿が実際に出来たことでさらに幸せ色の泡がより一層の煌めきを宿して心の中で弾け続けているような気がして自然と唇が笑みの形を深く彩っているのも事実だろうが。











 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
【お詫び】
 多分ですが、次回更新は土曜日になります。それまでは原稿書く時間がホントにないもので……。今日は奇跡的に更新可能な時間が空きましたが、明日はほぼ無理なので。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。




        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 122

「ゆ……祐樹、祐樹が帰着点と考えていることは……単なる補助線かも知れない。
 全てが終わった後で、なるほどと思うようなことが多々あると思う。今言えるヒントはその程度だな……」
 夕方の夜の闇にも関わらず祐樹の力強く輝く瞳とか自分よりも僅かに高い体温を発する長身――もちろん自分を惹き付けて止まない太陽の光に似たオーラは一回り大きくなった感じで健在だった――にごく僅かな未練を感じて言葉を紡いでしまっていたが。
 補助線を一本引くだけで数学的には全く異なる数字が出る程度のことは――少なくとも理系の勉強をした人間であれば容易に理解出来るハズで――祐樹も経験則として知っているだろう。
「それは楽しみにしています。二人きりで纏まった話しが出来るのはまたしばらく来ないでしょうが……、貴方の気配とか貴方の存在は魂の一部のように確実に私の中に存在していますので、物理的に離れていても精神的にはより強固に繋がっているような気が致します。
 手術中も貴方の水の流れるような手技を頭の中で再現している私が居ます。
 頭では貴方の手技のタイプが私には御手本にならないことも分かっているのですが、ほぼ無意識に、です。それだけ影響を受けてしまっているのですね……。
 ただ私向きと思しき手技をなさる錚々たる外科医の指導も貴方のご厚意で学ばして貰っていますので、私なりにその美点だけチョイスして『私の最上の手技』を生み出そうと目論んでいます。
 いわばハイブリッドですが『私にしか出来ない術式を編み出すという目標も出来ました。
 それも貴方という偉大な先達がいらっしゃったからで……、プライベートでは熱烈な恋人、そして仕事面では良きライバルとして認めて貰うように日夜心掛けています。
 貴方の隣に堂々と立てるような外科医を可及的速やかに目指しますので、それまで待っていて下さいね」
 祐樹も同じようなことを考えてくれていることとか、たゆまぬ向上心がいささかも衰えていないことなどを言葉よりも雰囲気とか低くて力強い声の響きで感じることが出来て魂が震えるような、甘い気持ちで声が弾む。
「いずれ祐樹に抜かれる日が来るだろうが……、それまで私の良い所だけを真似するなり改善するなりして吸収して……不要だと祐樹が判断した部分は綺麗さっぱり消去して欲しい。
 今の望みはそれだけだな、あくまでも公的な立場で言うと……。個人的にはずっとこういうふうに一緒に居てくれるのだろうから。どんなに忙しくても、そして居る場所が離れていたとしても、祐樹の存在は私の魂の中にずっと輝き続けていることだけは忘れないで欲しい」
 自分が微塵も考えたことのなかった、これ以上の出世という選択肢の話しは今の時点で内緒にしておこう。病院一の激務――他の職種だったら労働基準監督署辺りに駆け込まれるような労働時間だが、医師は権利追及をしてはならないという不文律が世間にも存在するのも厳然たる事実だったし、そもそも関係省庁に駆け込むという発想自体が皆無な業界なので――これ以上仕事量を増やしてはならないことくらいは分かる。それでなくとも本を発行するという祐樹の発案で始まった業務のせいで時間が更に削られていたので。
 夜の闇の中でも燦然たる輝きを放つ祐樹の存在を確かに、そして身近に感じられるだけでこんなに幸せなのだから。夜空を焦がすような感じで輝きを放つ祐樹というかけがえのない存在と一緒にいられる歓びで魂までもが宙に浮いていくような気がした。
「生涯を共にしたいと思ったのは貴方が生まれて初めてですし、その気持ちは重くなることがあってもその逆は存在しません。
 それにウチの病院で執刀医を務める度ごとに貴方の偉大さが身に沁みて分かるようになりました。助手をしていた時とは異なった視点とか観点で拝見すると己の至らなさを恥じ入るばかりです。
 ですから『いずれは』という話でしょうね……仕事面では。
 プライベートな関係は――何よりミステリーツアーのような帰着点がどこにあるのか、補助線をあれこれと考えて楽しく過ごすという短期計画も加わりましたし――おとぎ話に出てくるような、そして全く信じていなかった『そして二人は永遠に幸せに暮らしました』というエンディング以外は考えていないので大丈夫です。貴方も私も心変わりをするとは到底思えないので。
 っと、そろそろ行かないと本当にマズいので、活力の源を下さいね」
 慌ただしい口づけを交わしている瞬間が永遠の時を刻むような錯覚を覚えた。唇から祐樹の確かな愛情が饒舌過ぎるほどに伝わってくるようで。
「では、貴方はゆっくり休んで下さいね。
 お互い身体が資本なのですから。では他にも私を必要としている患者さんの元に行って参ります」
 急かすような救急車のサイレンが木立の中を切り裂くような感じで鳴り響いている中で慌ただしく束の間の別れを告げる祐樹の声と陽光を彷彿とさせる生気に満ちたオーラに包まれて干天の慈雨のように潤っていく気持ちで満たされながら繋いでいた指を離した。夜の闇が濃くなった中で祐樹の白衣だけが夜目にも鮮やかに翻っているのを視界から消えるまで佇んで目で追ってしまうのは仕方のないことだろう。
 ずっと祐樹という唯一の太陽に魅了されてきた――そして有り難いことに祐樹からも存分に愛されているという一生分の僥倖をふんだんに浴びせかけられている――自分だったので。
 一応はポケットに入れている携帯電話が着信を告げた。タイミング的に祐樹からの電話でないのは明らかだったが、そう多くない自分に電話を掛けて来そうな人間の中で誰だろうと思いながら画面を見た。










 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
【お詫び】
 多分ですが、次回更新は土曜日になります。それまでは原稿書く時間がホントにないもので……。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。




        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 121

「何万部出版記念だかは存じませんが、病院長主催のパーティが有るでしょう?私達が主役なので、ある意味当然なのですが……ウチの医局員が受付とか雑務を引き受けるようにと病院長から通達が有りました。久米先生は受け付け係りに決まったのですが、脳外科のアクアマリン姫と一緒に受付席に座るそうですよ。彼らの望みというか最大の関心事は私の綺麗な恋人を探すことだそうです。『招待しているかどうかはノーコメント』で通しましたが、ね」
 間近に佇んだ祐樹が例の悪戯っぽい瞳の輝きと極上の笑みでそう告げた。薬指に慎ましげな光を放つリングを着けている自分――流石に医局員は遠慮したのか突っ込んで来ないのは祐樹の目論見通りだ――とは異なって同じモノを持ってはいても祐樹が病院内で着けることはないものの「恋人」の存在は広言しているので妥当な反応だろう。東京に住む美人の商社レディという祐樹のでっち上げというか目くらましの恋人の存在は周知の事実だが――何しろ自分の耳にまで祐樹経由ではなく入ってくるほどなので――当然ながら見た人間は居ない。
「それは久米先生も気の毒だな……。そういう女性は実在しないのに……」
 病院でナースや事務の女性に断然トップの人気を誇る祐樹だけに「公認の恋人」の存在はカモフラージュとしても必須なのも分かる。
「いえ、別に彼らは他人事として楽しんでいるので構わないかと思います。微笑ましい恋人達の格好の話題を提供出来て良かったのでは?それに受付が男性ばかりというのも斉藤病院長としてもご不満でしょうから、うら若き清楚な美人の岡田看護師が座ってくれる方が重要でしょう。
 ああ、ウチの母に訪問着一式を送って下さいまして有難う御座います。当然貴方の方へも御礼の手紙なり電話なりが行っていると思いますが、意外にも私にまで連絡してきたのはよほど喜んだからでしょうね……」
 祐樹の唇がやや不満そうな形に変わったのは肉親の愛情ゆえの容赦ない叱咤激励を浴びせかけられたのを思い出したからかも知れない。そんなに精神的には堅い絆で結ばれた恋人とはいえ、書類上は赤の他人である自分には口を挟むことは出来ない領域なだけに曖昧な笑みを返した。確かにお礼の手紙を貰ったし、その中には「祐樹をくれぐれも頼む」的なことが縷々書き綴ってあったのは内緒にしておこう。
 長岡先生に祐樹のお母様の写真と大まかなサイズ――詳しいことは全く分からないがどうやら洋服よりも和服の方がサイズの調整は簡単らしいと長岡先生が言っていたし、私生活はさて置いて日本一の私立病院の御曹司の婚約者としてパーティの場数を踏んでいる長岡先生の見立てなら間違いはないハズだ――を伝えただけで着物一式を揃えてくれた長岡先生の厚意にも頭が下がった。もちろん請求書はこちらで負担する積もりだった。
「久米先生や岡田看護師は祐樹のお母様のことを頼んでおかなくても良いのか?席にまで案内するとか……」
 宴会場では不定愁訴外来の呉先生や年配の人にはそれなりの配慮を見せるらしい森技官と同じテーブルなのでそれほど心配はしていないが、祐樹のお母様はたった一人で出席して下さる上に知った顔が一人もいないのは気に掛かってしまう。
「大丈夫ですよ。却って気を遣われる方が母も気づまりでしょうし……。それに幸い私の姓はありきたりなので、母親だと言わない限りは気付かれることもないでしょうし」
 どうでも良さそうな祐樹の表情だったが、心の底から気を許している肉親の情からなのだろう、多分。
 ただ、お母様には是非出席して頂いて祐樹と自分の晴れ姿を見て貰いたい。絶対に許して貰えないと思っていた二人の交際を快く許可して下さっただけでも有り難いのに、実の息子以上に気にかけて貰っているせめてもの恩返しに。
「明日は二人だけの勝負ですね……。勝ってこんな些細な触れ合いではなくて、濃厚な恋人同士の熱く甘い狂おしい時間を一刻でも早く過ごしたいです。それは貴方も同じだと思いますが」
 黄昏時の淡い闇の中で甘く低く囁く祐樹の声に頬が上気してしまっていた。
 ただ祐樹の静謐な眼差しに射すくめられているだけなのに、饒舌に肉体までも交わした後のような充足感に満たされているのは、きっと二人の愛情の絆が深まったせいなのだろう。
「そうだな……。そちらは土日にゆっくりと……」
 明日の二人だけの折鶴勝負に負ければ、即座に二人きりになって素肌で愛情を確かめたくなるだろう、多分今の自分は執務室でも祐樹の愛情に応えようとするだろう自覚は有った。
 ただ、そうなると自分の細やかな野望が根底から崩されてしまうので、取り敢えずは明日の勝負に全力を傾注したいという甘く狂おしい二律背反の想いに眩暈がするほどの幸福感を覚えながら。
「え?明日の夜ではなくて……ですか。絶対に勝って……とはいえ準備不足は否めない分、私の方が正直不利ですが……」
 祐樹が僅かに凛とした眉根を寄せて不審な表情を浮かべている。「負けた方が言うことを聞く」という約束を「誤解」させたままにしているのである意味仕方ない反応だったし、それに何より祐樹を驚かせたい気持ちが勝っているのだから今は誤魔化すのが得策だろう。
 医局の威信に何よりもこだわっている祐樹にしては――激務に拍車が掛かっていたとはいえ――久米先生の指導が行き届いていないのだから祐樹自身も練習する時間が有ったとも思えないし。
「まあ、勝負がついてからのお楽しみということで……。明日の今頃には全てが判明するだろうから……。
 それに祐樹に伝えなければならないことが山のように有って……」
 自分でも拙い言い訳だと自覚していたし、ついでに言うと「渡さなければならないモノ」もたくさん有ったのは今のところ内緒にしておこうと弾む気持ちで指を絡めた。
「それは何となく分かっています。貴方がこんなにも瑞々しい魅惑的な笑みを浮かべるほど喜ばしいことなのでしょうね……。
 今回の件は全てお任せしておりますので。
 まあ、貴方のこんな笑顔が見られたのですから、それだけでも充分満足です。
 振り回されている感が強いのは少々遺憾では有りますが、貴方のことは全幅の信頼を置いていますので、帰着点がどこなのか分からないミステリーツアーのような感じで愉しむことに致します。
 ああ、もうこんな時間ですね。今日は最悪帰れなくなるのでゆっくりお休みください。
 三時には起きて来ないで……お気持ちだけで充分です」
 言葉と裏腹に強い力で抱きすくめられて縋りそうになる指を必死に耐えた。
「そうだな……。お言葉に甘えて休むことにする……。約束の印に……」
 指を付け根まで絡めて強く握りながら刹那の甘い口づけを交わした。自宅でひっそりと進めている諸々の薔薇色の幸福のスパイラルのような準備に忙殺されている点は祐樹と一緒で、ただアメリカの学会という最終的な帰着点を見失っていない分だけ一歩リードしている。
 普段は祐樹主導でコトが動くことしかなかったのも事実だったので、何だか少しだけ愛の歴史に新たなる第一歩が踏み出せたような気がして、目くるめく多幸感と一抹の寂しさを感じて身体を離した。
 ただ、絡めた指はどうしても外すことが出来ないのも事実だったが。
 夜の闇が木立の中に佇む二人を優しく包み込んで隠してくれるのも有り難かった。
 何だかこの世界に二人しか存在していないような親密な闇の中密やかな声で語り合っているだけでこんなにも満たされた気分になるのは多分祐樹も同じだろう。
 愛の行為に耽らなくても――有ったら有ったで嬉しいことには変わりはないものの―――心も身体も祐樹の確かな存在を感じていられるのはお互いの愛が同じだけの強さで繋がりあっているからに違いない。
 そう思うと自然に笑みで口元が綻んでしまっていた。多分、祐樹が褒めてくれた以上の微笑よりも綺麗な笑みの花を咲かせている自分自身の幸せと、かけがえのない祐樹の確かな存在感とか生気に満ちた愛情を降り注いでくれることに神様の存在を信じたくなってしまう。
 無神論者の自分ではあったが。












 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 




        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 120

「普段でも充分綺麗な貴方ですが……医局の扉の前でああいう水晶の滴った薔薇のような笑みを拝見出来るとは思ってもいなかっただけに、正直意外でした。
 愛の交歓の後よりも鮮やかさと艶めかしさをまとった貴方の笑みをまさか職場でとは……」
 祐樹の熱を帯びた眼差しとか普段より低い声にここがせめて執務室だったらと思いながら慌てて話題を変えようとした。珠玉の愛の言葉は魂が宙に舞い上がるほど嬉しかったが、人目がないといっても屋外には違いなかったので。
「……いつも思っていたのだが、祐樹は隠れ家を見つけるのもとても上手だな……」
 至近距離と表現するには少し離れた場所に佇んでタバコの煙を笑みの形に刻んだ唇からたなびかせている祐樹を視線が釘付けになった感じで惚れ惚れと眺めつつ心の底から感心していた。
 以前に教えて貰った小さな神社の境内とは異なった、数本の木に包まれた場所は病院の敷地に隣接しているとは思えないほどの静寂さと心地よい密閉感で、隠れ家には相応しい感じだった。もちろんこうして言葉を交わすのも。
「必要に迫られて……ですかね。ウチの科の患者さんはそうでもないのですが、入院患者さんでも歩行許可を貰った人はヒマに任せて探検したがりますし、テレビで放映されたからか前よりも医局を見学に来る人が多くなりましたし。
 テレビに映った人間を実際に見られる……というのは患者さんにとっても新鮮らしくウチの医局だけでなく当時一階に居た全ての医師とかナースなどは皆覗き見の対象になってしまっているようですよ。
 ですから私も一息入れたい時のために色々場所を探さなくてはなりません。数か所確保してありますが、ここが一番人目につかないかな……と。
 来て下さい」
 タバコを――多分前にここに来た時に置いて帰ったらしいコーヒーの瓶に放り込んだ後に長い腕を大きく広げた祐樹の方へと歩みを進めた、一歩半だけだが。
 祐樹の腕には自分を惹き付ける魔法めいた吸引力が有ったので。
 一瞬に満たない躊躇は有ったものの――何せ祐樹お墨付きとはいえ、病院のごく近くなのだから――ただ、祐樹の広い胸や長い腕に吸い寄せられる甘く熱い魅惑には抗えなかったし、この場所を知悉しているはずの祐樹の判断力に委ねることにした。
 長い腕の中にすっぽりと絡まれると、ずっと継続していた薔薇色の多幸感がさらに心を心地よくかき乱されて甘い物狂おしさに酔いしれてしまっているのを自覚した。
「忙しいのは別に構わないのですが……最愛の貴方と触れ合う機会が減ってしまうのだけは正直寂しいです。貴方が全然足りていないので……何だか心に甘い空虚な感じが広がってしまいます」
 消毒薬の清らかな香りが仄かに広がる祐樹の熱く甘い腕の中に包まれて自分よりも僅かに高い体温を感じるだけで薔薇色を濃くした恋心が太陽の彩りを添えたように煌めいてキスを強請るように上を向いた。
「大輪の花のようなお顔はお会いした時から全く変わっていませんが……最近は瑞々しい艶っぽさが更に増しましたね……。先ほど医局の前で会った時は薫るような、そして朝露に濡れた薔薇の花弁よりも綺麗な笑みを浮かべていらっしゃって……その綺麗さに息を飲みましたよ……。
 ただ……」
 祐樹の長い指が顎に添えられてそれだけで鼓動が跳ねた。
 触れるだけのキスをむさぼるように交わしながら刹那の永続を全身で感じて魂までもが祐樹色に溺れていく。
「ただ……?」
 至近距離で眼差しを絡めながら――病院の敷地内からごく近いとはいえ、祐樹が見つけ出した場所は誰も来ないという神話めいた確信が有るのでその点は安心している――上司と部下ではなく恋人としての会話に耽ることが出来る束の間の機会を堪能することにした。
 祐樹の腕の中は羊水の中に居るような安心感と麻薬のような高揚感で自分の心と身体を絡め取ってしまう魅惑に富んでいる、どちらも体験した覚えはないものの。
 魂が触れ合っているという確信めいた実感をずっと抱いてはいたものの、身体を交わす愛の行為は減っていたのも事実だったので、着衣越しとはいえ祐樹の腕の中に居る時間が宝石よりも貴重で蜜よりも甘い時間だった。
 原稿を読んで笑みを浮かべていた記憶は有ったし、その笑顔の余韻が続いていた程度のことは自分でも気付いていた。ただそれが祐樹の目から見るとどんな感想を持つかは祐樹の雄弁な語彙とか心地よい饒舌さで聞いてみたい。
 背中の輪郭を確かめるように辿る祐樹の大きな手の感触を心地よく受け止めながら、少し伸びあがって唇を重ねた、愛の言葉の続きを促すように。
「大輪の薔薇のように綺麗なのは出会ってからずっと変わらないのですが……。
 しかし、今日の貴方の極上の笑みを浮かべたお顔は花屋さんで売っている切り花の薔薇というよりも、ご一緒した薔薇園の中で一際美しさと薫り高さを誇っていたあの紅い薔薇のような……確かな地面にしっかりと根を下ろして咲き誇る薔薇の力強さめいた艶やかさで煌めいていてとても綺麗でしたね……。
 朝露に濡れた大輪の薔薇の風情ですが、儚さというかどこかに運ばれてしまうのではないかという不安めいたモノは一切感じられませんでした……。天上の花のように綺麗でしたし、今もその朝露に濡れた美しい笑みはそのままですが……。
 ただ、そういうお顔は私だけで独占したいので……」
 確かめるような口づけの甘い毒が全身に浸透する錯覚に溺れながら祐樹の広い背中に縋るように手を回した。
「私の地面は祐樹の愛情なので……。祐樹が傍に居てくれる限りはずっと揺らがない……。
 物理的には無理でも精神的にずっと繋がっているという確信が持てる限りは……。
 それに原稿を読んで、私のことをあんなふうに見てくれていたのかと思うと尚更のことだったし……。私は自覚していた以上に愛されているのだと思って……そう思うと自然に笑顔になってしまった……」
 祐樹の瞳の輝きがより一層の愛おしさを帯びて自分だけを見詰めてくる充足感に魂が薔薇色に震えてしまう。
「私の愛情という地面は確固たる地盤の上に存在しますから揺らぎようがないですね。
 その不動の地で安心して咲き誇って下さればとても嬉しいです」
 唇に最高の笑みを浮かべて、そして瞳には祐樹に対して最高の愛情を示すような光を宿してゆっくりと唇を祐樹の方へと近付けた。眩い輝きに吸い寄せられる蝶のような気分で。
 そして祐樹の腕の中に居る自分は先ほどよりも瑞々しい笑みを浮かべているだろうと祐樹の瞳の中を覗き込んだ。










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        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 119

 高木氏との会話を続けながら、嬉しい意味の汗に濡れた手をハンカチで拭った。自分にとっては「努力して得たモノ」の方が重要だったので、生来備わっている手にはさして関心を抱いていなかったものの祐樹が褒めてくれる――愛する人間の贔屓目のフィルターがかかっているのかも知れない――指をしげしげと眺めてしまった。
 そう言えば、祐樹に自分の携帯電話の番号を決死の思いで渡した時には、今のような暖かい感情からではなく本当に冷たい汗と、心許ない手の震えを必死で押し隠していたと――隠し切れていないことは知っていたが――その当時の不安さに比べると、祐樹との関係が永遠に続くと信仰心に近い確信を持たせてくれた祐樹には感謝の気持ちしかない。
 あの時のことを思えば信じられないほどの心境の変化だったが、一方的な愛情ではなくて確かに受け止めてくれる祐樹というかけがえのない最高の恋人が居てくれるからこそなのだろう。そう思うと心の中に暖かな暖炉のオレンジの灯が灯ったようになって自然と笑みを浮かべてしまっている自分を自覚して更に幸せ色に心が満たされる。
 太陽の光りに似た祐樹の雰囲気に一目惚れをして以来、そして決死の思いで帰国して以来の信じられない僥倖とか祐樹と過ごした日々――そしてそれがこれからも一生続くという揺るぎない確信も相俟って――まさに太陽のような幸せ感がこの身を包んでいる。
 恒星である以上は太陽だって寿命は有るだろうが、それこそ「天文学的」な数字だし自分の生きている限りは祐樹の太陽の光りに似たオーラをふんだんに浴びせかけて貰えるのと同じように太陽の光りも不変だと思うと何だかそれだけで生まれて来た甲斐が有るような気がする。
 祐樹の傍で永遠を感じることが出来る自分の一生はこの上もなく幸せな一生に違いないので。
 祐樹との折鶴勝負のために用意したオレンジ色の和紙が朝の太陽の光りを彷彿とさせる色で一際鮮やかな色を放っているのを視界の隅で眺めて電話を切った。
 以前は呼び出しがない限り執務室から医局を経由して帰宅することはなかったが今では出来る限り顔を出すようにしているので帰り支度を済ませて執務室を出た。
 容態急変の患者さんが居た場合には黒木准教授とか他の主治医から連絡が漏れなく入ることになっているのでその点は気にしていなかったものの、やはり人心掌握という点では触れ合う機会が多い方が良いことは内田教授の行動を見ていると何となく分かったので。
 医局のドアをスライドする前に覗き込むとあいにく祐樹は席を外していた。自分よりも遥かに多忙なので予想はしていたものの一瞬でも長く祐樹の男らしく端整な容貌とか均整の取れた身体を見ていたかったので内心で落胆のため息を零しながら取っ手に手をかけた。
 室内では久米先生が泣きそうな顔で攝子と鉗子とコピー用紙と格闘していて、それを厳しい顔で時計と久米先生を交互に見ている柏木先生の真剣な表情を微笑ましく見ていると背後から肩を軽く叩かれた。
 病院内でそんな親しげな動作を――しかも自分の医局の前で――してくる人間は一人しか心当たりはないので期待を込めて振り返った。自然と笑みが深くなりながら。
「お疲れ様です、田中先生」
 定時少し過ぎとはいえ、まだまだ人の気配も多い時間帯ということもあり人目を気にして控え目に微笑をしたものの、祐樹はかなり驚いた感じの表情を浮かべているのが予想外だったが。
「今上がりですか?特に報告すべき患者さんはいらっしゃいませんね。その点は黒木准教授からもお聞きになっているとは存じますが」
 祐樹も余所行きの表情に戻った感じで丁寧な一礼の後にそう言葉を発してくれた。
「それは何よりだが……。久米先生の仕上がり具合はどんな感じか気になってしまって」
 白河教授の脳外科が――まあ実際に出場するのは精神科の清水研修医だが――勝つと決まっているいわば出来レースなので個人的には清水研修医があっさりと買ってくれても良かったのだが、医局の威信を殊更重要視してくれている祐樹を始めとする医局員のことも考えると迂闊なことも言えないし、言ってはならない立場なことも弁えている。
「ああ、まだまだですね……」
 祐樹が勝気そうに整った眉を僅かに顰めている。確かに、清水研修医に比べると若干遅いような気はする。しかも自分が教えた後も独りで練習に励んでいるそうなので尚更差は開いているだろうし。
「それはそうと、手術控室の件だが使用許可は取りつけて来た。ええと、例の件で……」
 どんな格好をしていても凛々しさと躍動的な雰囲気は醸し出している太陽のような存在の恋人だが、医局員として病室回りをして来たのだろう、白衣姿は殊更男らしさと頼もしさが際立っていて思わず見惚れてしまっていたが。
「ああ、その件ですか……。場所変えましょうか?打ち合わせをしないとならない件ですよね……」
 殊更打ち合わせが必要だとも思わなかったが、二人きりになれる機会は逸したくなかったのも事実なので唇が弛んでしまう。
 白衣の裾を颯爽と翻して足早に歩み始めた祐樹の後を薔薇色に弾む気持ちと足取りで追いかけると、魅惑的な角度を描いた甘い唇が極上の笑いを浮かべつつ足を止めて長身を斜めに翻す様子も映画の一シーンのような鮮やかな輝きを纏っている。
 白衣姿も執刀経験を積んだせいなのか、神憑り的手技を発揮した時のように実際の長身よりも大きく見えるのは自信の現れだろうが、よりいっそうの輝きに満ちている最愛の恋人を何よりも誇らしく見てしまう。
 旧態依然のヒエラルキーが息づいている病院内の廊下なだけに自分が先頭に立つわけにはいかないと判断してくれたのだろうが。
「原稿は読んだ。私が読んでも素晴らしい出来だったし……高木氏も直すべきところはないと激賞してくれたな」
 職員用の門ではなくて祐樹が見つけた――独りになりたい時に使っている祐樹の隠れ家が病院の外に何か所か有ることは知っていた――小さな小路に入ってから肩を並べて歩きながらこの上ない幸せな気持ちで斜め上を見上げた。
「ああ、他ならぬ貴方ならどう考えて行動するかを想像して書く程度のことは私には簡単なことですので……。私という不安要素というか、安否確認の必要がない、例えばたまたま同じ場所、例えばマンションとかに一緒に居たとしても貴方は病院へと向かったでしょうから。医師としての使命感に燃えた貴方だからこそ更に好きになったのですが。
 そうですか……そんなに褒められていましたか……。それは良かったです。本が売れれば売れるほど斉藤病院長の評価も更に上がるでしょうし、私も他の業務を一時停止して原稿を書いた甲斐が有ります」
 病院内では原則吸えないタバコに火を点けながら笑みを深くした祐樹が驚いた感じを再現して自分だけを見ているのも不審といえば不審だったが。
「祐樹がそんなふうに見てくれているのは単純に嬉しいし、その上原稿にして貰えたら更に美化されたようで殊更喜ばしくて……。あの時はそんな職業的使命感めいたものは微塵も抱いていなかったのだが……」
 思いつくままに言葉を唇へと載せた、称賛の眼差しと笑みと共に。
 そんな自分を何故か眩しそうに見つめている祐樹が、極上の笑みを浮かべた唇を開いた。紫煙と共に紡がれた言葉は正直意外過ぎて目を見開いてしまったが。





 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
 最後まで読んでくださって有り難うございます。



        こうやま みか拝
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