「もしもし、裕子から連絡は有りましたか?」
有吉さんのお母様の声は相当参っているようで、とても弱弱しい。
「いえ、なかったです、どうされましたか?」
幸樹がよりいっそう眉根を寄せる。
「入院前の一通りの検査が終わって――その時は、発作じみた行動はなかったものですので、一般病棟で良いということになってしまいました――それで、私が入院に必要な細々したものを買いに行っている間に行方不明になってしまったのです。ただ、携帯電話は病院の規則だそうで別の場所に保管するとかで……裕子が覚えているのは、自宅の電話番号高寄君の携帯番号くらいでしょうから……。自宅に電話を掛けると、私の携帯に転送出来るようになっています。だから思い当たるのは高寄君の携帯だったのですが……」
心配の余りだろう、語尾が震えている。
「有吉さんが運ばれたのは甲山――カブトヤマ――のセント・マリア病院でしたよね?解放病棟なら抜け出すのは簡単ですし、今日はいいお天気です。甲山は涼しいでしょうから……ピクニック気分で散歩しているだけかも知れませんよ?」
幸樹が敢えて明るい声を取り繕っているのが分かる。だって、幸樹の眉根は思いっきり寄っていたし、幸樹の瞳の光もとても鋭かったから。
「私も最初はそう考えました。ただ、昼食時には絶対にベッドに居なければならない決まりなのです。それなのに姿を現さず、今も……。病院のスタッフが懸命に探して下さっていますが、手掛かりは一つもなくて……」
泣くのを堪えている声のお母様の心痛はどんなに深いのかを思うとやり切れなくなる。
最愛の御嬢さん、それも蝶よ花よと育てて、美人だし、頭もそこそこ良い御嬢さんに育て上げた。
そんなに大切に育ててきたにも関わらず、忌まわしい「合宿」のせいで、拒食症や引きこもり、そして妄想で絶叫するという悲惨な目に遭い、精神病院へ搬送されて、入院が決まってしまっただけでも充分衝撃的なコトだっただろう。
それが、今度は行方不明だ。
幸樹は、厳しい表情でしばらく黙っていたが、意を決したように端整な薄い唇を開いた。
「実は、警察にはちょっとしたコネが有りまして……捜索のお手伝いが出来ると思います。
もし、警察が動かなくても、オ……私と池上君がそちらの病院にお邪魔して、捜索を手伝います」
「構わないよな?」と幸樹が視線で聞いて来た。一も二もなく首を縦に振った。
「有り難うございます。感謝してもしきれません。では宜しくお願いします」
普通は、精神病院の患者さんが――それも、病院に行ってからの有吉さんは落ち着いていたらしい――行方不明になっても、警察は動かないということは菊地クリニックで聞いたことがある。
だから有吉さんのお母様は幸樹が警察を動かせるかもと言った時にあんなに喜んでくれたわけだ。
「セント・マリア病院は、不幸中の幸いに、西野警視正のN署の管内に有る。理由を説明して――もし、管内とか、H県警で大変な事件が起こっていないならば人手を割いてくれるだろう」
「うん、それが良いね……やっぱりさ、幸樹はこういうことに慣れているかも知れないけど、俺は捜索なんかしたことがないから役に立ちそうにない。いや、行きたくないって意味ではないよ……。西野警視正が警官を動員しようがしまいが、捜索には加わるつもりだけど……。
でも、幸樹ってスゴイね……有吉さんのお母様があんなに取り乱して電話を掛けてきたのに、テキパキといつも通りに冷静に対処してさ」
俺だったら「どうしましたかっ?何が有ったんですっ!?」って聞き返してしまうだろう。
「ああ、あれか……お母様の精神状態がとても昂っていらっしゃるのは分かったので、それに合わせると、ますますお母様の精神状態は昂るんだよ。だからああいう時は冷静に対処するのが交渉術の初歩だ」
交渉術まで学んでいるとなると、幸樹は弟の順司君の負担を軽くするために、国家公務員試験を受けて、警察キャリアへの道を踏み出すのだろうなと思う。
幸樹がスマホを取り上げて、でも左手は俺の指を、いわゆる恋人繋ぎの状態で握っている。
こんな非常時にそんな悠長なことをしていて良いのだろうかと思っていたんだけれど、俺の掌も幸樹のも汗をかいていて――掌の汗は精神的なことで発汗作用が起こることは知っていた――お互いの精神を正常に保つために幸樹は敢えてそういうコトをしてくれたんだろうと思う。
そういうさり気ない優しさに幾度も救われたけど、「恋人同士」――世間に顔向け出来ない類のモノではあるものの――になった今では、幸樹は俺を今まで以上に守ろうとしているみたいだった。
「西野警視正ですか?実はゼミの女の子が精神病院から行方不明になりまして……ええ、例のような『闇への妄想』を持った人です。至急、手の空いている警官を『セント・マリア病院』に向かわせて頂くことは可能でしょうか?」
「ああ。その女性は、『妄想』を証言してくれるだろうか?我々が保護した時に?」
「ええ、証言をするように説得はします」
「分かった。可及的速やかに警官を10名派遣しよう。その女性の名前は?」
「よろしくお願いします。名前は有吉裕子さんです。写真は至急添付してお送りします」
幸樹の視線が俺のPCに向けられ、スマホを耳で挟んだまま「頼む」というジャスチャーをする。きっとフェイスブックの有吉さんの姿が一番良く分かる写真を選び出してくれということなのだろう。
俺は慌ててフェイスブックの写真で有吉さんの顔が一番くっきり写っているのを探し出す作業に没頭した。
「ただ、例の『妄想』の件で拒食症になっていて……写真よりもかなり痩せて痛々しいですし、顔色や表情は全く違うような気もするのですが」
幸樹が思い出したように言う。そうだ、合宿に行った後、皆はフェイスブックのタイムラン機能を使っていない。申し合わせたようにだ。
「ああ、それについては心配には及ばないよ。我々は、犯罪者が変装したり整形をしたりして逃走している人間でも逮捕してきた。多少面差しが変わっても分かるように訓練はされている」
ふと、有吉さんの『妄想』が他の被害者――と呼ぶことにしよう――とは全く異なる点が気になってしまっていた。
有吉さんのお母様の声は相当参っているようで、とても弱弱しい。
「いえ、なかったです、どうされましたか?」
幸樹がよりいっそう眉根を寄せる。
「入院前の一通りの検査が終わって――その時は、発作じみた行動はなかったものですので、一般病棟で良いということになってしまいました――それで、私が入院に必要な細々したものを買いに行っている間に行方不明になってしまったのです。ただ、携帯電話は病院の規則だそうで別の場所に保管するとかで……裕子が覚えているのは、自宅の電話番号高寄君の携帯番号くらいでしょうから……。自宅に電話を掛けると、私の携帯に転送出来るようになっています。だから思い当たるのは高寄君の携帯だったのですが……」
心配の余りだろう、語尾が震えている。
「有吉さんが運ばれたのは甲山――カブトヤマ――のセント・マリア病院でしたよね?解放病棟なら抜け出すのは簡単ですし、今日はいいお天気です。甲山は涼しいでしょうから……ピクニック気分で散歩しているだけかも知れませんよ?」
幸樹が敢えて明るい声を取り繕っているのが分かる。だって、幸樹の眉根は思いっきり寄っていたし、幸樹の瞳の光もとても鋭かったから。
「私も最初はそう考えました。ただ、昼食時には絶対にベッドに居なければならない決まりなのです。それなのに姿を現さず、今も……。病院のスタッフが懸命に探して下さっていますが、手掛かりは一つもなくて……」
泣くのを堪えている声のお母様の心痛はどんなに深いのかを思うとやり切れなくなる。
最愛の御嬢さん、それも蝶よ花よと育てて、美人だし、頭もそこそこ良い御嬢さんに育て上げた。
そんなに大切に育ててきたにも関わらず、忌まわしい「合宿」のせいで、拒食症や引きこもり、そして妄想で絶叫するという悲惨な目に遭い、精神病院へ搬送されて、入院が決まってしまっただけでも充分衝撃的なコトだっただろう。
それが、今度は行方不明だ。
幸樹は、厳しい表情でしばらく黙っていたが、意を決したように端整な薄い唇を開いた。
「実は、警察にはちょっとしたコネが有りまして……捜索のお手伝いが出来ると思います。
もし、警察が動かなくても、オ……私と池上君がそちらの病院にお邪魔して、捜索を手伝います」
「構わないよな?」と幸樹が視線で聞いて来た。一も二もなく首を縦に振った。
「有り難うございます。感謝してもしきれません。では宜しくお願いします」
普通は、精神病院の患者さんが――それも、病院に行ってからの有吉さんは落ち着いていたらしい――行方不明になっても、警察は動かないということは菊地クリニックで聞いたことがある。
だから有吉さんのお母様は幸樹が警察を動かせるかもと言った時にあんなに喜んでくれたわけだ。
「セント・マリア病院は、不幸中の幸いに、西野警視正のN署の管内に有る。理由を説明して――もし、管内とか、H県警で大変な事件が起こっていないならば人手を割いてくれるだろう」
「うん、それが良いね……やっぱりさ、幸樹はこういうことに慣れているかも知れないけど、俺は捜索なんかしたことがないから役に立ちそうにない。いや、行きたくないって意味ではないよ……。西野警視正が警官を動員しようがしまいが、捜索には加わるつもりだけど……。
でも、幸樹ってスゴイね……有吉さんのお母様があんなに取り乱して電話を掛けてきたのに、テキパキといつも通りに冷静に対処してさ」
俺だったら「どうしましたかっ?何が有ったんですっ!?」って聞き返してしまうだろう。
「ああ、あれか……お母様の精神状態がとても昂っていらっしゃるのは分かったので、それに合わせると、ますますお母様の精神状態は昂るんだよ。だからああいう時は冷静に対処するのが交渉術の初歩だ」
交渉術まで学んでいるとなると、幸樹は弟の順司君の負担を軽くするために、国家公務員試験を受けて、警察キャリアへの道を踏み出すのだろうなと思う。
幸樹がスマホを取り上げて、でも左手は俺の指を、いわゆる恋人繋ぎの状態で握っている。
こんな非常時にそんな悠長なことをしていて良いのだろうかと思っていたんだけれど、俺の掌も幸樹のも汗をかいていて――掌の汗は精神的なことで発汗作用が起こることは知っていた――お互いの精神を正常に保つために幸樹は敢えてそういうコトをしてくれたんだろうと思う。
そういうさり気ない優しさに幾度も救われたけど、「恋人同士」――世間に顔向け出来ない類のモノではあるものの――になった今では、幸樹は俺を今まで以上に守ろうとしているみたいだった。
「西野警視正ですか?実はゼミの女の子が精神病院から行方不明になりまして……ええ、例のような『闇への妄想』を持った人です。至急、手の空いている警官を『セント・マリア病院』に向かわせて頂くことは可能でしょうか?」
「ああ。その女性は、『妄想』を証言してくれるだろうか?我々が保護した時に?」
「ええ、証言をするように説得はします」
「分かった。可及的速やかに警官を10名派遣しよう。その女性の名前は?」
「よろしくお願いします。名前は有吉裕子さんです。写真は至急添付してお送りします」
幸樹の視線が俺のPCに向けられ、スマホを耳で挟んだまま「頼む」というジャスチャーをする。きっとフェイスブックの有吉さんの姿が一番良く分かる写真を選び出してくれということなのだろう。
俺は慌ててフェイスブックの写真で有吉さんの顔が一番くっきり写っているのを探し出す作業に没頭した。
「ただ、例の『妄想』の件で拒食症になっていて……写真よりもかなり痩せて痛々しいですし、顔色や表情は全く違うような気もするのですが」
幸樹が思い出したように言う。そうだ、合宿に行った後、皆はフェイスブックのタイムラン機能を使っていない。申し合わせたようにだ。
「ああ、それについては心配には及ばないよ。我々は、犯罪者が変装したり整形をしたりして逃走している人間でも逮捕してきた。多少面差しが変わっても分かるように訓練はされている」
ふと、有吉さんの『妄想』が他の被害者――と呼ぶことにしよう――とは全く異なる点が気になってしまっていた。
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ポチっても良いよ~♪という読者様熱烈歓迎中です~♪それに私の下手っぴ小説よりは、素敵過ぎるBL小説がたくさんありますヨ。特に「にほんブログ村」は皆さまレベルの高いBL小説を書かれて、切磋琢磨していらっしゃいますから、一度覗いてみてはいかがでしょうか~♪
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このお話は旧ブログで更新していた(そして諸事情で止まっていた)小説の再掲です。
流石に長いのでリンク貼るだけでは読んで頂けないかと、こちらにお引越し致します。
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最後まで読んで頂いて有難う御座います。
こうやまみか拝