腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

2017年12月

気分は下剋上≪震災編≫234

「あの黒いのがタピオカか……」
 女性客が手に持っているプラスチックの中身を見て思わずそう口に出してしまった。直径が大まかな目算で一センチは有りそうだったので。自分で作ったことがない――家庭で手作りする日本人がそうそう居るとは思えないが――大阪のホテルの中華レストランのタピオカは5ミリほどだし、色も白かったのでそもそも作り方が違うのだろう。
「多分そうですよ……。サイズとかミルクも色々選べると書いてありますが、どれにします?」
 五人の男女が並んでいるので――店そのものも通路すら狭いので人口密度が高い感じの――最後尾に肩を触れ合せながら並んだ。
「どれも美味しそうだが……。やはりプレーンなミルクにする。祐樹はいつものコーヒー味か?」
 拘る時にはとことん拘る――その点自分と似ている――ものの、あまり執着のないモノに対しては何も考えずにメニューを決める恋人だということは知っていたので、そう聞いてみた。
 それに甘いモノにも――以前ほどではないにしろ――興味を持っていないことくらいは自分でも分かったので。
「いえ、私も同じモノにします。ただ、サイズはSとLを頼みませんか?」
 店に貼りだされたメニューを一瞬だけ見て即決した感じでキッパリと口にした。
「ああ、コーヒーも中途半端に甘いのは苦手だったからか……?
 注文を聞いて一個一個手作りなのだな。物凄く凝っている。来て良かった感じだな」
 店員さんがプラスチック容器にビニールと思しき蓋を被せて手慣れた感じで機械にかけると完全に密封された状態になって客に手渡すというシステムらしい。
 そういうサービスをする店舗を見たのは初めてだったので驚きに目を見開いて祐樹の凛々しい顔を見上げて小声で呟いた。
 祐樹が唇を少し歪めて最高に魅惑的な笑みを浮かべた。
「まだ分かりませんが……。サイズは問題有りませんか?」
 甘いモノの苦手な祐樹がSサイズで自分がLだろうと思って頷いた。
 非日常を味わう――そして普段のデートでは祐樹が選ばないような場所なので、ついつい周りの店を見渡してしまった。
 祐樹と肩が触れ合っているだけで嬉しかった。公共の場所では憚られるようなことも、この狭さではごくごく自然な感じだった。前に並んでいる大学生風の男の二人連れ――話とか雰囲気でごくごく普通の「友達同士」だと分かる人達も同じような感じなので尚更気が楽だった。
「餃子専門店は昨日大阪でも見かけたが、こちらのは中国の人が経営しているらしいな……」
 餃子とビールしかメニューにないということはよほど味に自信があるのだろう。
「ああ、もう少し海側に歩いたところに中華街も有りますからね。横浜よりも規模は小さいらしいですが、割と有名です。同胞同士が集まっているのがこの辺りみたいですね……。
 昼食は中華街で摂りますか?」
 手際よく客の注文をさばいている店員さんを見るともなく眺めながら、唇に笑みを浮かべてしまった。
「あのタピオカの量を見ると昼食のことは考えられないな……」
 それにココナッツミルクも濃厚そうな感じだったし、一番大きいサイズだと――ホテルで摂ってきた朝食も相俟って――昼ご飯を摂る自信がなかった。小食ではないにせよ、それほど健啖家ではないので。
「お口に合うと良いのですが?」
 大きなストローもタピオカのサイズに合わせた物のようだったが、店員さんに手際よく密封された蓋の部分に器用に刺しこんで祐樹は意外にも小さい方を自分へと差し出してくれた。
「零したら大変なので、道路に出よう」
 テイクアウト専門店なので、当然座って飲めるようなスペースもなかった。それに大通りが直ぐ近くに有るコトは通路めいた場所に入る直前に見ていたし。
「了解です。せっかくここまでご一緒したので、以前約束していた場所にお連れしますよ。
 この容器だと、風味が落ちることもないでしょうから。
 電車で五分程度、徒歩だとゆっくり歩いても十五分なのですが……どちらになさいます?」
 狭い通路から出ると、今度は白亜の神殿めいた百貨店――今日行った大阪の「庶民的な」場所とは大違いだが、そういうのも珍しくて弾む気持ちを抑えきれない――に目を見開いてしまった。
「色々な建物が割と無秩序に並んでいるのも面白いので、徒歩が良いな。祐樹さえ良ければだが……」
 祐樹と二人で居られればそれだけで幸せなのだが「非日常」というより、何だかびっくり箱のような街だった。
「私はどちらでも構いません。ああ、あの百貨店は――今でも有るかどうかは知りませんが――芦屋にも出店していたと北教授に伺ったことが有ります」
 大きなストローと容器を右手で器用に持って軽やかな歩みと極上の笑みを浮かべた祐樹と歩いているだけで、身も心も溢れる波のように祐樹への愛情が満ちては深く積もっていく。
「北教授が何と?」
 救急救命室の責任者と、出向という形の医師が「百貨店の在り処」だけを語り合っているとは思えない。二人ともそんな悠長な性格でもなければ、ファッションなどにも関心と造詣も深い長岡先生のように情報交換の必要もないハズなので。
「阪神大震災の時に芦屋店が完全に倒壊したらしいです。そして売り物の毛皮のコートが路上に散乱していたにも関わらず、誰も拾わなかったそうですよ。この辺りもだいぶ酷かったようですが、見事に復興しました、御覧の通り。
 ですから京都も直ぐに元通りになるでしょう。
 ああ、こちらです。足元に気を付けて下さい」
 祐樹の言葉と共に一瞬で視界が変化して――それまで海の香りはしていたものの――板敷のデッキのような通路と一面の海が広がっている。
「海もお好きでしたよね。もう少し奥に入れば、多分誰も居ないかと」
 先程の人口密度がウソのような閑散とした感じと視界いっぱいの海が昼の光りを反射して波が煌めいている。
「如何ですか?ココナッツミルクとタピオカの味は?」
 隣に佇む祐樹は手に持ってはいるものの、まだ口を付けていなかった。多分転落防止用も兼ねてはいるだろうが、凝った意匠のフェンスに凭れて海を見ながら飲み物を味わう贅沢さもひとしおだった。
「とても美味しい。ココナッツも濃厚だし……ああ、そうか氷が入っていない分、薄まっていないのだな。それに、タピオカの絶妙な弾力感も堪らない」
「それは良かったです。では交換しましょう」
 大きなサイズのモノを祐樹の手が恭しく差し出してくれた。どうやら、自分の感想を聞いてから――そして否定的な言葉が出ると多分祐樹はそのまま苦手な甘い飲み物を大量に飲む積もりだったのだろう。
「有難う。この波のように、ずっと変わらず祐樹を愛している」
 ストローを唇に当てた祐樹が極上の、ココナッツよりも甘くて濃厚な笑みを浮かべた。
「私もですよ。間接キスで……ここまでドキドキするのは貴方が初めてです。
 あの船……」
 自分だけを写していた祐樹の瞳が一際輝いて、視線と触れ合せた肩で促した。祐樹が間接キスの効果を狙っていたとは内心意外だったが、薔薇色に胸が弾む。
「ああ『ダイアモンド・プリンセス』だろうな。神戸港から発着しているらしいし。実際に見るのは初めてだが……。ああいう豪華客船に乗って優雅な船旅を、愛する祐樹と共にするのが私の理想の定年後の生き方だ……」
 祐樹がこの上もなく満足そうな輝く笑みを浮かべて「左手」を顎に添えてきたので、自分から強請るように上を向いた。
「約束……ですよ」
 ココナッツの香りよりも自分を恍惚とさせる誓いの口づけを交わした。
                         <了>












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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年始のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

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良いお年をお迎えください。



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




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                 こうやま みか拝

「気分は、下剋上」<夏>224

「もちろん、精神的ショックにも個人差が有りまして……。一日二日で快癒する人も
いらっしゃいます。同じ体験をしてもショックを受けない人もいますし、もう人それぞれとしか……」
 呉先生が野のスミレのように蒼褪めながらそれでも必死な健気さで言い募ってくれているのも最愛の人の指の震えを危惧してのことだろう。その分祐樹が心の激痛に耐えてはいるものの表向きは平然としていなくてはならなかったが。
『その点はそう大きな問題ではないよ。
 病院側の利益――と言っては香川教授には残酷かもしれないが……』
 瞬きもせずに、氷の繊細な彫刻のような感じ――もともとが整った容貌なだけに、よりいっそう「作り物」めいた美しいが儚い繊細さを醸し出している――で呉先生の言葉に耳を傾けていた最愛の人は、握りしめた祐樹の指の力が強いせいで震えているかどうかまでは分からなかったが。
「いえ、起こったことは仕方ありません。事実は事実として受け止めますのでどうかお気になさらずお話し下さい。
 また、私も祐樹を始めとする病院側の動きに自らの危険の予兆を察知しながら警戒を怠ってしまったのも今思えば軽率だったと思います」
 張りつめた絹糸のような声がキッチンの空気を緊張感に染めていく。普段の怜悧な落ち着きを取り戻したようにはとても思えなかった。
『ははっ。香川教授は相変わらず真面目だね……。いや貶しているわけではなく、そういう性格だからこそ田中先生は愛情から、他の人達は尊敬や憧憬の念から守りたくなるのだろうな……。私のようなへそ曲がりはツイからかってしまいたくなるが、そういう人間はごく少数派だろう』
 最愛の人の反応を面白がって「大人のおもちゃ」を送りつけて来た前科の有る杉田弁護士の飄々とした軽やかな笑いが場の空気の張りつめた感を和ませている。
『話を本題に戻すが、民事請求はお金でしか解決出来ない。もちろん、香川教授がお金を欲しがっていないだろうが――多分田中先生も同じ気持ちだろうが――』
 アイツが「普通の場」に出ることは多分一生ないだろうが、同じ場所に立ったら祐樹自身が復讐心に駆られて何を仕出かすか分からない。自制心は人並み程度に持ち合わせているという自覚は有ったが、アイツだけは絶対に許せない存在なのでタガが外れそうになるだろう。
 もう一生塀だか壁だかの向こうで生活してくれとしか思わない。
「もちろんです。しかし仰ることは分かります。民事訴訟法も一度読みましたから」
 アイツへの憤怒の情で奥歯を食いしばってしまっている間に最愛の人が淡々と、そして普段の生気をまるで感じさせない口調で言葉を紡いだ。
 外科手術中――オペ職人の桜木先生の手術なら多分もっと賑やかな感じで手術が進行していくだろうが――という、一般人がドラマの中で観るような感覚でしか分かっていない時間でも、真面目で几帳面な最愛の人は冗談などを絶対に言わないものの、執刀医によっては割とフランクな会話をしながら各々の職務を果たすことも多い。
 手技中でも最愛の人の声は研ぎ澄まされた怜悧さが色濃く滲んでいたが、今の声は無機質というか機械とか人工頭脳が話しているような感じで、それが祐樹の魂まで引き裂く痛みを伴っている。
『昨日は斉藤病院長を始めとする病院上層部も徹夜の対応の協議だったようだし、香川外科の医局もそうだったのだろう?』
 病院側の経費削減のために顧問契約は結んでいないらしいが、杉田弁護士に斉藤病院長は気軽に相談しているようだった。
「そう聞いています。私は現場からこのマンションに帰って来たので居合わせてはいませんでしたが」
 医局長という役目を危なげなく果たしている柏木先生が困り果てて電話してきたくらいなので、メスを片手に殴り込みをかけるとか言いだす血気盛んな遠藤先生のような人間とか、黒木准教授も手術のスケジュールを組み直していただろうから。
 いくら祐樹最愛の人が「月曜日の手術が出来る」と言い張っても、そしてダメだと分かれば祐樹が替わるという心の準備は出来ていたものの、患者さんの命のリスクと引き換えに出来るものではないことぐらい黒木准教授も弁えているだろうから。
『つまりは病院側も、しなくても良いことを無理やりさせられたわけなので、損害賠償請求権が発生する。
 そして三ヶ月――大目に見積もったというか、盛りに盛った数字だろうが何だろうとそれは全く当方には関係なくてだね――精神科の医師の判断でそう警察に提出したのだろう?』
 相変わらず飄々とした声がキッチンの空気の重さ――祐樹の気のせいだけではないハズだ――を軽い感じに浮上させてくれている。
 着信の表示を見た時には出るかどうかを躊躇ったが、出て正解だったような気がする。
「関係がないとは?どういうコトですか……。もちろん昨夜の香川教授の容態を私なりに診てそう判断したには確かです」
 呉先生がシレっとウソをつくのを始めて見たような気がした。森技官からの伝言で外科的被害は誤魔化しようがないので、精神的ショックを最大限に見積もって書くように言われたから作文したという面もあった。
 昨夜は点滴という――呉先生の想定の中では最悪の選択だっただろうに――手段を選ばざるを得なかったのも事実だったが。
『で、そちらの事情というか井藤元研修医の私的財産が一日ごとに確実に目減りしていくということも教えてくれて有り難い。特に呉先生、言い辛いことだろうに良く教えてくれたね……』
 恋人が男性であることを明言したわけではなかったが、杉田弁護士ほどの公私に亘る人生相談のキャリアの持ち主なのでピンと来たのだろう。
『取るべき道が決まったよ……。斉藤病院長もこの方法なら納得してくれるだろう。むしろ、歓迎される提案かもしれないな……』
 杉田弁護士が何を言い出すのか固唾を飲んで待ってしまう。祐樹の手に握りしめられたままの最愛の人も真剣な眼差しで――法律の知識はこの場に居る三人の中で最も持ち合わせていそうだが、専門家ではない。最愛の人は心臓外科医としての実績に裏打ちされた矜持は持ち合わせているが、専門外のことは専門家に頼るタイプだし。











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ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




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気分は下剋上≪震災編≫233

「興味は多分お持ちではないとは思いますが、テレビのニュースでも年に二回一定期間に亘って報じていますし、それ以外でも、時折聞いていらっしゃるかと」
 「年に二回」というキーワードと脳裏に描いた路線図がピタリと合った。
「野球で有名な場所か?」
 祐樹が唇を微かに上げて「正解」の合図の笑みを浮かべてくれた瞬間に減速していた電車が高校野球で有名な駅に停車した。
「なるほど……。球場は見えないのだな、当たり前だが」
 駅の表示板に書かれている駅名とか、プラットフォーム――多分高校野球とかプロ野球、しかもこの電鉄会社の名前を冠した球団の試合の時用だろう――の広さを見ていると何だか今までとは異なった意味で「非日常」を感じた。
「そう言えば……。私の高校の野球部員だった同級生に『花火を見に行かないか』と、ああ、言っておきますが何の下心もなく誘っただけですからね……」
 祐樹が慌てたように付け足してきたので、手の甲から指を離して指先で凛々しい眉の間を突いた。
「祐樹が高校生だった頃は未だ知り合っていないので、焼き餅を妬く必要はないので大丈夫だ。
 大学のキャンパスで一目惚れをして以後の話なら、また別の気持ちを抱いたのかもしれないが」
 あの時の祐樹の太陽のようなオーラとか頑なな思い込みを吹き飛ばしてくれそうな力強さを懐かしく思い出した。そして、自分の直感以上に幸せな日々――当時は付き合うことすら考えていなかった。祐樹のように同じ性的嗜好の持ち主が何となく分かるという勘のようなモノも持ち合わせていないので、当然のように異性を相手にする人だと思っていたし――が自分に沈まない太陽のようにずっと降ってくるとは思いも寄らなかったものの、奇跡的に降ってきた宝石よりも貴重な祐樹の愛情の確かさを噛みしめて甘い感慨にふけってしまう。
「貴方の場合、法則性が良く分からない焼き餅を妬く方なので……。
 でも、そこも魅力的で惹かれて止まないのですが。
 それはともかく、その野球部員に『甲子園大会が有る。出場するかもしれないので無理だ』と断られましたよ」
 祐樹の出身高校はお母様からも聞いたし卒業アルバムにも書いてあったので当然知っている。
「野球、強かったか?そういうイメージは全く持っていなかったのだが?」
 毎年機械的に眺める「出場校一覧」に祐樹の母校が載っていたことは一度たりともないように記憶している。
 ちなみに、自分の高校は学習に特化した公立校だったので野球部員になればほぼ100%でレギュラーになれるという弱小さだった。
「いえ、地区大会の一回戦を突破しただけで顧問の先生が大喜びするレベルです。だから『ウチの高校と甲子園に何の関係が有る?』とつい突っ込んでしまって、大いに気を悪くさせてしまいました。実際に甲子園に出場歴も皆無な高校でしたので、つい……」
 普段はそうでもないのだが、突っかかってくる相手には辛辣な言葉を返す祐樹の鋭い突っ込みもかつては相手を選ばなかったのだなと、唇に笑みを浮かべてしまう。今では相手が主に森技官に集中しているので。好戦的なのはむしろ先方の方だったし。
「ウチの高校も一回戦敗退の歴史のみを積み重ねているので、同じだな……」
 京都生まれの京都育ちで、今の職場もそうなので地元の京都新聞には地方選の結果も載せてくれるのでその程度のことは知識として持ち合わせている。
 何だか些細なことでも「同じ」ものを持てただけで幸せ色に染まってしまうのが、生涯に亘る恋人と言って貰ったせいだろうか。
「もし、私の高校が――まあ万が一どころの確率ではなく更に低いのだが――あの駅で開催される大会に出場した時には、祐樹と一緒に応援に行きたいな。何だか祐樹が応援してくれれば一回戦くらいは勝てそうな気がする」
 特急に乗っているので他愛のないことを話しているうちに話題の駅からは遠ざかっていく。
「もちろん構いませんよ。私が応援したからと言って勝てるかどうかは別問題ですが」
 野球には全く興味がないが、祐樹と一緒に観戦に行くのは楽しそうだった。それにそれほどの感慨は抱いていないものの一応母校愛も欠片ほどは持ち合わせていたので。
「祐樹が応援してくれたらきっと大丈夫だろう」
 祐樹の力強い生気に満ちたオーラに何回も救われている自分の経験則で力強く断言した。
「そう仰って戴けて嬉しいですが……。ああ、そろそろ着きますね」
 神戸には何回も足を運んでいるだけに見慣れた景色というかビルなどの高層の建物が目に入ってきた。
「もう……か?早いな。時間を主観的なモノで捉えている今の私にとっては、だが」
 時計よりも正確に時間を感知する客観的な視点は必要がないために心の奥底に仕舞いこんでいる。
 祐樹は携帯で何らかの検索をしながら、電車を降りようとしたので慌てて荷物を持って後ろに続いた。
「タピオカ入りココナッツミルクがお口に合えば良いのですが。こちらのようですね」
 この電鉄は起点も終点――だろう、多分――も地下に駅が有るという珍しさだった。地下鉄ではそれが当たり前だが、電鉄会社では珍しいのではないかと思いつつ、祐樹に促されるままに地下から地上へと出た。
 割とごちゃごちゃした――といっても屋台ではなく店舗なのだが「格安チケット」とか「昭和の名曲」専門店などが並んでいる――狭い通路を歩くのも何だか新鮮だったし、その上祐樹と肩を触れ合せても不自然さを感じないのが個人的にはとても気に入ってしまった。
 こういう立地でも有名になるのだから、きっと美味しいに違いない。二人の第二の愛の巣になったホテルなどのように、雰囲気「も」加味された美味しさとは程遠かったので。
「ああ、このスタンドのようですよ」
 不意に祐樹が立ち止まってそう告げてくれなければ、絶対に通り過ぎてしまいそうになるほどの狭いスペースにびっしりと多彩なメニューが貼られていた。
 そして、満足そうな感じの女性連れが大振りの透明なプラステックの容器に入ったドリンクと、その上に刺したストローの大きさに思わず目を見開いてしまった。そして中身にも。










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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

諸事情によるブログ休止とお引越しで「ちょっとしたリハビリ」のために書き始めた「震災編」だったのですが、何とか年内に終わらせようという些細な野望がありました。安定の終わらなさで年をまたぐかと内心危惧していたのですが、キリの良い大晦日に「了」を打てそうです。
 



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




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                   こうやま みか拝

「気分は、下剋上」<夏>223

「もちろんです。島田警視正という方がいらっしゃいまして……。呉先生の恋人の大学の同級生で、その方が全て責任を負うからと仰って下さいましたよ」
 「いらっしゃる」という言葉をどう解釈するかは杉田弁護士次第だろうが、祐樹としては巧みにミス・リードを図った積もりだった。
 呉先生が表情の選択に困った感じの笑みらしきものを浮かべて祐樹を感心した感じで一瞥した後にスマホへ可憐な顔を向けた。
 どうせ呉先生経由で警察署に届いた被害届は島田警視正が「正規の」手続きに回してくれるようだったのでこの際、時間稼ぎをした方が良いだろう。
『それなら問題ないね。警察官が『受理します』と言ってくれたという認識で良いのかな?
 ちなみに『受理します』が『事件の認知』なので、刑事事件はそちらに任せておくとしよう。
 被害に遭ってしまった香川教授にこれ以上警察が事情聴取しないように、私からも一言添えておくよ。
 あの警察署の署長さんとは何度も会っているし、彼なら任せておいても大丈夫だ。変なメンツや体面を気にせずに合理的に判断出来る数少ない署長さんの一人だと聞いているので』
 そう言えば森技官だかも同じような評価を下していたような気がする。ただ、祐樹も最愛の人を守りきれなかった慙愧の念でいっぱいいっぱいだったので、細かい点は情けないことに覚えていなかったが。
「宜しくお願いします。
 未遂とはいえ……二か所の……『アキレスの踵』に……メスを衝き付けられたのですから……」
 最愛の人を力付けるように、そして熱を分け与えるように震える指を指を全部使って包み込みながら。
「祐樹の手……とても安心する……」 
 ごく小さな声が春のそよ風のような和やかさで紡がれた。
「ずっと、こうしていますので……。安心して下さいね」
 ごく僅かではあったものの、薄い唇に瑞々しさを載せた笑みを浮かべていたのは内心大変喜ばしいことだったが。
 被害状況を最愛の人が杉田弁護士に伝えたので、また悪夢のような記憶がフラッシュバックするのではないかと懸念していたものの、飄々としていながら何事にも動じない感じの話し方と杉田弁護士への信頼感が気持ちのハードルを下げたのだろう。
『逮捕・監禁罪を前提にして、致死障害罪に対する損害賠償請求権が当然発生するな……。
 それに井藤元研修医は心の病気だという点も気に掛かるが、どういう病名を付けるのが相応しいのだろうか?』
 心神喪失とか心神耗弱という理由で刑法上の責任が無くなるとか減刑される――ただ、そうなっても島田警視正が刑務所から出所した時のアイツの身柄は滋賀県と京都の境に有るという「森技官オススメ」の精神病院に入院させると決めているらしい。メンタル的にはごくごく普通だと自覚している祐樹ですらそんな病院に入ったら確実に精神を病んでしまいそうな「最高」の病院らしいが――だと民事訴訟にも影響が出るモノなのだろうか。
 最愛の人が唇を躊躇いがちに開こうとした瞬間、呉先生の穏やかな声がスマホの中に溶けていった。
「パーソナル障害かと思われます。ただ、実際に患者を診たわけではないので断言は出来ませんが……。人格障害の一種ですね。ええと、詳しい説明は必要ですか?」
 最愛の人の目に染み入るような白い首筋が、若干水分が足りていない花の芯の風情で縦に揺れた。
「私も――あくまでも私的な見解だったが――そう感じた。
 ただし、人格障害は統合失調症や双極性障害のように判決に影響しないので……」
 六法全書の丸暗記――しかも決して比喩ではなく、覚えるべきことが山のようにある医師国家試験の準備中に「息抜き」と称して取り組んだ人間は稀な人種だと思う――もかなり驚いたが、判決にまで詳しいとは思ってもいなかった。呉先生から「精神科の専門知識もディスカッション出来る程度には有る」と聞いていたのでそちらはまだ想定内だったが。
「貴方がそんなにお詳しいとは思っていませんでした」
 驚嘆と羨望の眼差しを向ける――スマホ越しの杉田弁護士も呉先生に向かって同じ内容を語っていた――と水分不足の高山とかで咲いている花のような笑みが淡く儚く浮かんでいた。
「執務室に慣例で各種新聞が毎日届けられるので、手が空いた時に目を通していたからからだな……」
 そう言えば医局にも新聞のホルダーが毎日誰かの手によって差し替えられていること程度は知っているが、読んでいる――よほど興味を惹かれる記事ではない限り――人間はいなかった。すべきことが山のようにあるのは医局員も最愛の人も同じだと思われるが――種類は若干異なるものの――知的好奇心の旺盛さの意識の差なのかもしれない。
『障害罪に該当しそうな点で、外科的には田中先生から精神科的には私からお伝えしますね。
 ただ、ご存知だとは思いますが、誰が診ても同じになるハズの外科的な損傷と、精神科での診断はまた別ですし、アイツ……井藤元研修医に財産が未だ残っていたなら、刑法上の裁判にも有名かつ高額の弁護士が、お抱えの精神科医から別の診断を手に入れる可能性も有りますし、今の時点の仮判断でしかありません、私の診断は。
 私の恋人の意図を汲んで大袈裟に書いた……というのはここだけの話しにして下さい……」
 呉先生が言い淀んでいるのは祐樹も目を通した「診断書」の内容を祐樹最愛の人の前で言ってしまって心が折れてしまう可能性を危惧しているからに違いない。
『刑事裁判はこの際どうでも良いんだよ……。それに井藤元研修医の私的財産――本人所有のがあればだが、無ければ法律上は親などに請求出来ないのだよ。とっくに成人している人間の場合、損害賠償責任はあくまで本人のみが負うので。闇の金融屋だとまだ親や兄弟からも取り立てる凄腕というか悪辣な人間は居るようだが、裁判所という国の機関がそれをしてはマズいことくらいは分かるね?』
 杉田弁護士は「凄腕」に憧憬めいたアクセントを置いて飄々と語っている。こちらでは日曜日の昼に放映されている「ヤミ金」が主人公のドラマにでもハマっているのだろうか。
「……ア『アキレスの踵』を『乱暴されかかった心因性ショックに起因すると思料される身体症状が、三ヶ月間は続くという見込み』と盛りに盛って書きました。外科的被害については田中先生からお願いします」
 呉先生がハラハラした感じで祐樹と最愛の人を交互に見ている。
「三ヶ月」という診立てを聞いた最愛の人の張りつめているだろう心が折れてしまわないか心配で、硬く握りしめた手に力を込めて静謐な表情の変化がないかを注意深く見守った、息をすることさえ忘れて。










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気分は下剋上≪震災編≫232

「確かに上司ではありますが……。まるで謎々のような感じですね。
 しかし、私は『恋人』として立場の方が特別過ぎて大好きなのですけれども……」
 広い肩を優雅に竦めて愛おしげな視線をふんだんに浴びせかけられて――しかも、前髪を上げて凛々しさとか男前度が確実に上がっている――心が薔薇色に震えている。
「謎々というか……。ピースを埋めるクロスワードゲームに近いだろうな。
 そのうちに祐樹も気付いてくれるだろうから。どの時点で気が付くのか楽しみにしている」
 何事にも敏い祐樹が今の時点で気が付いていないのは、きっとアメリカでの生活をしたかどうかの違いだろう。一生日本から出ない――学会や旅行のような短期の海外旅行は別にして――医師の方が一般的なので生粋の病院育ちの祐樹が気付かないのも納得だったが。
 ベルリンの国際公開手術に無理やり休暇をもぎ取ってまで来てくれたのも心の底から嬉しかったが、その後のスピーチで言った自分の本音――祐樹はそうは受け取っていないだろうが――が着々と実現しつつあるのも更に嬉しい。
「全てが落ち着いた時で構わないので、今度行きつけの百貨店に一緒に行かないか?」
 大阪の中心地に居るとつい忘れがちになってしまうし、その上情報を遮断させようという祐樹の気遣いも充分承知しているので言葉を選んだが、今頃も京都の惨状は継続しているだろう。行きつけの百貨店が開いていないことは容易に想像出来たし急ぐ理由もなかったので。
「貴方の買い物に付き合うこと自体は構わないというか大歓迎なのですが、京都にこだわる理由でも?」
 店を選ぶのも面倒だったので全部が揃うという理由と、採寸も全て済ませてあるので時間も短縮出来る点とか職階に見合った「無難さ」とかで決めた店舗を贔屓にしていることも祐樹は知ってはいるものの、買い物は基本定時で上がれる自分だけでさっさと済ませてしまうことの方が多いのも事実だった。ただ、同じブランドは大阪にも多数の店舗が存在するので今買っても良かったのだが、持ち運びに不便だし宅急便という手段も京都の惨状を考えると危険な気がしたので曖昧に首を横に振った。
「クロスワードのピース集めだ、な」
 この程度の誤魔化しというかサプライズな隠し事は許されるような気がしてはぐらかすように笑った。
「お待たせ致しました。こちらにサインをお願いいたします」
 慇懃な感じで告げられて我に返った。表情を取り繕って、なるべく自然な笑顔、それも「他人用」な感じになるように努力する、成功しているかどうかは分からないが。
 店員さんが百貨店――しかも入るのは初めてなので包装紙も新鮮な感じだ――包装紙に綺麗に包まれた品物を祐樹に手渡そうとしているのを横目で見ながら金額も確かめずに機械的にサインを済ませた。アメリカでは絶対にしないが、祐樹曰く「庶民的」な百貨店であっても信用は大切なハズなので金額を水増しするような阿漕な真似はしないだろう。
「私が持つ……。怪我に障ってはいけないので」
 メガネの売り場から出てエレベーターに向かいながら、祐樹にしか見せない心の底からの笑みと揺るぎない決意を秘めた眼差しで告げた。
「せっかくのプレゼントなのに?それに右手で持っているので大丈夫ですよ」
 笑いの含んだ甘い眼差しの輝きを向けられて心が天に舞い上がるような気分になった。
「右手が塞がっていると『さり気なく』手の甲を触れられないだろう?左手は未だ完治していないのだから、絶対に触れない」
 祐樹がしぶしぶといった感じで品物を手渡してくれて、一瞬だけ指が絡み合った。
「公衆の面前で……というのも何だか奇妙な背徳感が有って悪くないですね」
 耳元で甘く囁かれて、同じことを考えていたせいで鼓動が跳ねた。
 出勤時のラッシュアワーではなかったので、割と空いている電車に二人して座った。この電鉄会社の電車に乗ったのも初めてだったので何もかもが新鮮だったが。
「祐樹、有難う」
 無難な言葉を口にした。
「え?プレゼントを戴いたのは私なのでお礼を申し上げるのはむしろ……」
 怪訝そうな表情を浮かべる恋人に極上の笑みを返した。
「いや、この電車を敢えて選んでくれた件だ……」
 祐樹の右手の甲にさり気なく触れた。神戸の三宮も兵庫県の県庁所在地なだけあって、三つの電車が乗り入れているがこの電車だけが京都と直結はしていない上に、電光掲示板も、ある意味「庶民的」というか最新のモノではなかったので「京都の被害」を伝えてはいない。
 他の二つは多分アナウンスや電光掲示板で「運転見合わせ」とか「乗り入れ不可能な地域」を表示しているだろうから。
「ああ、そちらでしたか……。ある意味戦場のような場所から完全勝利の戦線離脱を果たしたのですから、リフレッシュさせるのも恋人としての役目ですよ。……部下としての気遣いも若干は含まれていますけれど」
 先程の百貨店での発言を若干気にしている感じだったので、触れ合っている手の甲の面積と力をさらに広げて謝罪の代わりにした。
 思い返せば、祐樹との最初の夜を過ごした後のJRの車内では決死の覚悟でしか触れ合えなかった指を今では――人目に触れないようにという配慮はなるべく忘れないようにしているが――当たり前のように出来る幸せを噛みしめた。
「確かに……庶民的というか、市民の足といった感じだな……」
 大阪の梅田駅からしばらくは地下を走っていた時にはそれほど感じなかったが、十分程度が過ぎた頃から乗り合わせて来る人とか街並みの雰囲気が――昨日の「ローマの休日」ごっこで初めて見たような感じというのが正確かも知れない――自分ならマンション近くのコンビニに行くのも気が引けるような恰好で電車に乗っている人の姿が目に付くし、通過する駅の名前が「センタープール」だった。確か舟を使った庶民的な賭け事だったと記憶している。
「普通のデートではあまり使いたくはないのですが、たまにはこういうのも良いでしょう?」
 祐樹の瞳が確かめるような感じの輝きを放って自分だけを見詰めている。
「どんな場所でも……祐樹さえ居てくれればそこが天国なので」
 極上の笑みを浮かべて眼差しを絡め合せた。
「もうすぐ貴方もきっと良くご存知の地名がアナウンスされますよ」
 祐樹の謎々めいた口調に「見て知っているだけではなくて、聞いたことのある固有名詞なのか?」と小声で返した。











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◇◇◇
一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。




ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
        こうやま みか拝
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