いよいよ恋人達が海に落ちるとなった時には、最愛の人と指の付け根まで繋いだ手をギュッと握りしめてしまった。同時に白く長い指にも力がこもっていて痛いぐらいだった。
 祐樹が賛美して已まない細くて形の良い指の持ち主だけれども、職業柄力は強いので。
 扉のような物に二人して泳ぎ着いたまでは良かったけれども、二人は載ることが出来ないと気付いたヒーローは一瞬だけ覚悟を決めたような表情を浮かべた後に恋人だけを載せていた。
 せめて恋人だけは命を拾って欲しいと判断したのだろう。
 そして自分は0℃以下の海に浸かって恋人に敢えて明るい口調で話しかけている。
 医学的なことは置いておいて映画の中でヒーローが説明していたように身体中が痛いハズなのに。
 最愛の人の指が祐樹の存在を確かめるように更に力を込めて握ってきた。無意識にスクリーンの中のヒロインに自分を投影しているのだろうか?
 明晰な頭脳を持ち合わせているヒロインだったけれども、恋人が氷点下近くの海の中に居ることは考えが至らなかったらしい。
 低体温症では頭がぼんやりしてまともな思考が出来なくなるという症状も出るのでそういう状態だったのだろう、多分。
 扉だかの上に載った恋人に「生きろ。君『は』こんな冷たい海ではなくて(あたた)かなベッドの上で生涯を終えるんだ」的なことを英語で言っている。
 「君『は』」という点で己の命がもう長くはないことと、そして何よりそれでも後悔はしていない――先ほども口に出して恋人に伝えていた――ことが言外に分かってしまうのは俳優さんの演技力の賜物なのだろう。
 救命ボートの灯りで閉じていた目を開けたヒロインは恋人の手を掴んで知らせようとし絶命していることに気が付いてしまった。
 二人の周りはご遺体で一杯だったし――というかヒロインも死んでいてもおかしくない状況だ。にも(かかわ)らず、生き残ったのは作中で101歳と紹介されたヒロインの心臓が常人離れした機能を持っていたのではないかな?と思ってしまうのは職業柄仕方ないだろう。
 心臓が一度に送り出す血液の量が常人の数倍だったら身体が冷えることもある程度は抑えることが出来る。最愛の人が「医学的な知識なしで見て欲しい」と言っていたのは先ほどの手錠に繋がれた恋人救出のために水に浸かった場面とこの場面のどちらか、または両方なのだろう。
 ご遺体まみれの海で救命ボートに気付いて貰うためには生きていることを知らせなければならず、恋人と手を繋いだままでは不可能だ。「生きろ」という遺言(?)に従ってヒロインは断腸の思いで手を離していた。
 沈んでいく恋人が絵のように美しかった。
 最愛の人の指が微かに震えていることに気が付いて横顔を窺うと白く滑らかな肌に涙の小さな川が出来ている。拭いたいとは思ったものの、祐樹も感動の余りもう握り合っていない(ほう)の手を動かせなかった。
 祐樹も上を向いて必死に涙を堪えた。救命ボートに見つけられ、カルパチア号という船に乗ってニューヨークに着き恋人が見たかったと思しき「自由の女神」を見た後に役人から名前を聞かれると姓は亡くなった恋人のモノを名乗っている。
 多分この時代のアメリカでは自己申告で大丈夫だったのだろう。
 コートのポケットの中のダイヤに気付いたのもアメリカに着いてからだった。
 祐樹ならばそんなとんでもなく高価かつ自分と恋人を殺そうとした元婚約者がくれたものなので現金化を考えるだろう。
 しかし彼女は、恋人の描いたこのダイヤモンドの首飾りを付けた絵は船と共に沈んでしまったし、亡くなった恋人の形見として手元に置くことを選択したのだろう。
 そして絵が復元された今、船と共に恋人の遺体が沈んでいる可能性も有る海へとダイヤモンドを投げ捨てたのはきっと(貴方の遺言は果たしたわ)という清々しい気持ちだったのではないかと思う。
 映画の冒頭ではやたら荷物が多いお婆さんだなとしか思っていなかったのだけれど、暖かなベッドで多分、永遠の眠りにつくヒロインのベッドサイドには写真立には恋人と共に果たすハズだった人生の軌跡が晴れやかな感じで飾られていた。
館内では嗚咽とかすすり泣きが聞こえて来ている。そんなお通夜めいた雰囲気と相俟って隣に座って涙だけを流し続けている人と共に涙を流したかったけれどもここは何としてもこらえるべきだろうと全力で我慢した。
 天国、いやもしかしたら彼女の夢の中なのかも知れない。あの運命の恋の時の姿のヒロインが白いドレスを着てあの見事な螺旋階段が有るホールを歩いていた。
 二人の恋に好意的だった人たちがずらりと並んで拍手と笑顔で迎えてくれていて、螺旋階段をのぼったヒロインに微笑みかけて手を伸ばすヒーローというハリウッド映画らしい大団円で幕を閉じた。
 老婆となったヒロインの夢かとも思ったけれども、同じように二人の仲を応援してくれたフランスの成金女性の姿はなかったので、天国のどこかにタイタニックで亡くなった人達というコミュニティがあるのかも知れないなと思ってしまう。この後ホテルで最愛の人とどちらの解釈が妥当かを語り合うのも楽しみだ。
 エンディング曲が流れる中でハンカチを渡しつつ最愛の人に囁きかけた。
皆が余韻に浸っている間にそっと出ましょう」
 最後まで曲は聞いてみたかったけれども「普通」の恋人同士の比率が極端に高い映画なので目立つことは避けたい。
 全編一気観をしていなかった祐樹は客が全て席を立った後でこっそりと抜け出すことを想定していた。
 しかし、流石は「恋愛映画の金字塔」と呼ばれるだけあって涙腺決壊力も観終わった人を呆然とさせる破壊力も半端ではなかったので、そちらの方がむしろ目立たないと判断した。
 ハンカチで頬を拭い終わった人は我に返った感じで繋いだ手を離した。付け根辺りがジンジンしていたけれども、それは彼も同じだろう。
「分かった……」
 ポップコーンの空の箱と同じく空のカップを載せたトレーを細く長い指で持っていたので、祐樹は先ほどの映画の後で山のように買い込んだキャラクターグッツの袋を持ってなるべく音を立てないように、そして目立たないように出口へと歩みを進めた。
「素晴らしい映画でしたね……。鬼退治映画を先に観ていて良かったです。観ているうちに自然と身体に力が入ったらしくて何だかどっと疲れました。もちろん、それを上回る感動は有ったのですが」
 劇場のフロアを後にしながら語り掛けると、最愛の人は何となく不満そうな表情を浮かべている。何故だろう?





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