「電話をして確認しますね。えっと」
 スマホを出して資料の紙の束を探そうとしたら最愛の人の唇が仕事モードといった感じで知性的な怜悧な感じを漂わせている。
「番号なら覚えているので今から言う……」
 こういう点「も」祐樹が敵わないと思っている。
「お願いします。とても助かります……貴方と動いているとストレスが全く掛からない点も素敵ですよ」
 最愛の人に感謝の眼差しを向けると、白皙といった感じの肌がごく薄い紅色に染まってとても綺麗だった。卓越した記憶力はビデオカメラ並みなことも知っている。森技官に貰った資料よりも最愛の人に聞く方が断然早いし正確だ。彼の口が数字を祐樹の入力のペースに合わせて紡いでくれるのも、とても有難い。
「もしもし、長楽寺さんのお宅ですか?K大付属病院の田中です。昨日は有難うございました」
 電話に出るのは佳世さんか野上さんの二択だろうなと思ってそう告げた。
『まあ、田中先生。昨日は何のお構いもせずに申し訳ありませんでした。それに取り乱してしまったでしょう……反省しておりましたのよ』
 佳世さんの声が流れて来たので、応接スペースの紙が散乱しているテーブルにスマホを置いてスピーカー機能にした。
「いえいえ、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。お手元に長楽寺氏と西ケ花桃子さんが養子縁組した日付が分かる物は有りますか?具体的には戸籍謄本なのですけれど?」
 電話の向こうで息を飲む気配が伝わってきた。
『あの女が怪しいのですか?』
 明るい声がさらに朗らかさを増している。まぁ、佳世さんは西ケ花桃子さんが犯人だったら都合が良いのでそういう声になるのは分かる。
「今の時点では断言は出来ないのですが、確認したい点が出て参りましたので」
 スマホの向こうで『野上さん、戸籍謄本を持ってきて』と鮮明に聞こえている。固定電話のマナーでは受話器を手で覆って会話を遮断するのが一般的なマナーだと祐樹は認識しているし、祐樹の母の世代もそうしている。佳世さんがその常識を知らないハズはなくて、単に動転しているとか慌てていてうっかり塞ぎ忘れているらしい。
『奥様、こちらの書類入れですよね?』
 昨日よりも何だか明るい感じの野上さんの声が聞こえて来て長楽寺氏との過去は水に流せたのだろうな……と思うと何だか嬉しい。多分、ハリーウィンスト〇の指輪ももう付けてはいないのでは?という感じだった。長楽寺氏が野上さんに酷いコトをしなければ、野上さんも佳世さんに(わだかま)りを持たない関係がもっと早く築けただろうにとしみじみ思う。
 書類を(めく)る音と共に佳世さんが告げた日付に二人して顔を見合わせてしまった。向かい側に座った最愛の人も切れ長な目を大きく瞠っている。ただ、祐樹も同じような表情を浮かべていてお互い様といった感じだった。
「……それって、二年前に入籍しているとことですよね?」
 手元に書類がないために確認のしようがない。だから佳世さんに確かめるように聞いた。
『はい。二年前ですね……?あら……野上さん大丈夫!?』
 スマホ越しに何か――多分人が何かにぶつかったような――大きな音が聞こえてきた。佳世さんは二年前と他意なく声に出していたのだろうけれども、野上さんにとっての二年前というのはある意味地雷だ。そのショックで立ち(くら)みでも起こしたのではないだろうか?
『田中先生、野上さんの様子がおかしいので……』
 動転した感じの佳世さんの声が響いている。「
「具体的には?出血とか頭を打ったとか有りますか?」
 相手方が軽いとはいえパニック状態になっている時に同じテンションで話すのは良くない。だから事務的かつ平淡なさを繕って聞いた。
『いえ、床に倒れ込んだだけです。頭は打っていないと思います。出血も大丈夫そうです……』
 幾分冷静さを取り戻した声がスマホから流れて来た。
「念のためにですけれど、頭を打っていた場合は容態の変化に注意した方が良いです。吐き気とか嘔吐が有ったり、意識がぼんやりしたりした場合は即座に救急車を呼んでください。それと身体を揺すったり叩いたりは絶対にしないで下さいね」
 思いつく限りの注意事項を冷静かつ的確に伝えた。
『具体的なアドバイス有難うございます。野上さん、大丈夫っ!?』
 最愛の人が堪り兼ねたような表情を浮かべて唇を固く引き結んでいたかと思うと口を開いた。
「大丈夫という言葉は使わない方が良いです。心理学的にも『大丈夫?』と聞かれると反射的に『大丈夫です』と反応しがちなのです。だから『どこが痛いの?』とか『傷口を見せて』など個別具体的に言葉を掛けた方が良いですよ」
 祐樹には思いもつかないアドバイスだった。確かに「大丈夫か?」と聞かれて「大丈夫ではない」的な反応を返すのは余程の時だろう。しかし、最愛の人の知識の抽斗(ひきだし)はビックリ箱みたいだ。良い意味で祐樹を驚かせてくれる。祐樹一人ではそこまでのアドバイスは出来ないので。
『奥様、腕から倒れ込んだので打ち身くらいだと思います。すみません、あのう生理中でして、貧血を起こしたみたいです。ご心配をお掛けして……』
 生理中というのは多分方便(ほうべん)だろうなとは思ったが、野上さんは未来に生きると決心してくれているので佳世さんとのトラブルは避けたいに違いない。
『田中先生、香川教授適切なアドバイス有難うございます。少し心配なので……』
 佳世さんの声も切実な響きだったのが救いといえる。
「はい。用件は既にお聞き致しましたので野上さんについていて上げてください」
 終了ボタンをタップした。
「養子縁組が二年前だったとは……。これは生命保険の加入日も同じだという可能性が高くなりました……」






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