「コレステロールの二つの数値に注目して見てくれたら、分かると思う」
 最愛の人ほどの卓越した暗記力を持ち合わせていないため、応接用の机にプリントアウトした紙を並べて見比べた。
「えと、異常値が突出して多いのが奇数月ですね……。逆に偶数月は低くなっているという法則性が見られます」
 血中のコレステロールは検査時点でのものなので当然変動するモノではあるけれど、そういう法則性が見られる例は極めて低い。
 祐樹は年に一度の健康診断しか受けていない――勿論、どこも異常がないので再検査とかの必要はなかった――ただ、コレステロール値は一か月の食生活で大きく変化することは専門分野だけに常識として知っていた。
 高いコレステロール値だったとしても佳世さんや直哉さんのような家族性高脂血症でなかった場合、食生活に気を付ければストンと数値は落ちる。それこそ一か月後にはその成果が見事に反映される。長楽寺氏の場合は偶数月に高コレステロールの食事をしていたとの想定が成り立つ。
「偶数月に高コレステロールの摂取が有ったと考えるのが妥当ですね。ん?偶数月……それって……つまり……」
 西ケ花桃子さんの言葉が脳裏を(よぎ)った。あのマンションに長楽寺氏を招くのは偶数月と確かに聞いた覚えが有った。
「西ケ花桃子さんが住んでいるマンションに長楽寺氏を招くのが偶数月でしたよね?」
 疑問ではなくて確認だった。
「そうだ。それにあの部屋には調理用品も豊富に揃っていたし、祐樹と赴いた際にクッキーの焼いた形跡も確かに有った。クッキーが焼けるからといって、料理が出来ると断言出来ないけれども……」
 最愛の人もやや戸惑った口調だった。直哉さん夫婦の家で黙り込んで考えに耽っていたのはこの事実を思い至ったからに違いない。
「そこまで思いつくとは流石です。全然考えていませんでしたし、この検査結果の紙の束を見ていたとしても私には気付かなかったかと思います。相変わらずすごいですね。脱帽しました……」
 最愛の人の記憶力や分析力が卓越しているのは知っていたが、正直舌を巻いた。
「いや、それほどでもない。このデータを貰って数値は頭に入っていたけれども、祐樹が瑠璃子さんや佳世さんの医療関係の職歴が有れば、太田医院で何らかの操作をして死に至らしめられるとの推測から深く突っ込んで聞いていただろう?それで、他の関係者も同じではないかな?と思って頭の中をスキャンしてみた結果だ。だから今夜の祐樹の一連の言動のお蔭だと思う」
 最愛の人がはにかんだ感じの笑みを控えめに浮かべている。控えめなのは多分、西ケ花さんが怪しいなどのマイナスの情報だからなのだろう。
「私のお蔭と仰って下さって嬉しいです。確かに西ケ花さんの性格から考えて料理をしないとか出来ない場合――職歴めいたものを考えると別に出来なくても許される立場ですよね、普通の専業主婦を目指すならば料理は必須でしょうけれど――貴方が見事に揃えて有ったと仰っていましたよね?そんな『無駄なモノ』を揃えないでしょう。彼女の考える『女の格』とやらが高価なブランドのバッグや服で決まるのはほぼ確定ですから、無駄なモノは家に置かないと思います。偶数月に長楽寺氏を呼んで手料理を振る舞っていた可能性が高いです……。しかし、養子にまでなっておいて遺産相続、しかも生命保険金も受け取れるという『美味しい』境遇を捨ててまで高コレステロールの食事を振る舞ったのは一体……?」
 直哉さんのマンションで亡くなって最も得をする人間が犯人だという説を思い出していた。確かに直哉さんに次いで得をするのは西ケ花さんだったけれども。最愛の人が怜悧で端整な表情に深刻さを加えて祐樹を見ている。
「それと、コレステロール値が異常に高くなった月に注目だな……」
 何しろ祐樹がプリンターから取り出した紙の束は(かさ)(だか)い。そう促されて、紙を(めく)っていった。
「23カ月前からですね……。それまでは高止まりはしているものの、突出はしていない……。ん?約二年前から……ですか?」
 二年前に野上さんが受けた酷い行いを連想させる数字だった。
「そうだ……。それに思い至った時には呆然としてしまった。二年前に何かが有ったと仮定していただろう?だからそれが西ケ花さんの身というか心境の変化が起こったのだろうと……」
 直哉さん夫婦のマンションに居た時に最愛の人が沈思黙考をしていたのは何となく察していたけれども呆然としていたようには見えなかった。ただ、以前よりはマシになったとはいえ、表情から内心を読めないということも確かに有る。
「養子縁組の時期と生命保険の加入時期も調べてみましょう。それが仮に二年前だったとしたら、ほぼ確定で長楽寺氏と西ケ花さんとの間に何かが起こったということになります。そのエビデンスを元に西ケ花さんに聞きに行けます。その程度のことはしないと彼女が正直に口を開くとは限らないので……」
 養子縁組には二人の同意が必要らしいので西ケ花さんも知っていたハズなのに(とぼ)けられた。だからこのカルテの山だけでは二の舞を踏む結果にしかならないような気がする。
「森技官に何とかしてもらうしかないな……。その辺りは……」
 確かに他人の戸籍とか生命保険は閲覧するのが難しい。
「あ!戸籍謄本なら佳世さんも取り寄せているハズですよね?そこに日付とか書いていないですかね?」
 応接用の机の向かい側に座っている最愛の人が切れ長の涼し気な目を瞠って祐樹と視線を合わせた。
「祐樹の言う通り、確かに佳世さんの手元には戸籍謄本が全部揃っているし、養子縁組の日付も見たら分かる」
 まだ普通に生活をしている人に電話をしても失礼には当たらない時間だ。





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