赤字部門を埋めるために果たした通称香川外科の功績は大きい。それは病院の誰もが認めている事実だ。
 それだけでも次期病院長選挙では充分な票を集めることが出来ると踏んでいたけれど、付加価値としても充分にあるだろう。経費削減は必要だが医師や看護師に負担を強いる経営方法ではなくてもっと別の道を模索すべきだと考えていたので、最愛の人の知識は貴重だ。
「そうなのか……?単純に趣味というか時間潰しも兼ねた知識の吸収だったけれども、それが仕事でも役に立つと祐樹が判断したならそれはそれで嬉しいな……」
 最愛の人の博覧強記(はくらんきょうき)振りは知っていた積りだった。ただ、この人の頭の中には何個の抽斗(ひきだし)があるのか祐樹が確かめないといけないなと思ってしまう。
「貴方の場合、知識の博物館ですから。それも大英博物館とかエルミタージュ美術館レベルだと思っています。その知識を職場でもっと活かすべきだと思います。そういう知識を持っている上司とか同僚など居ないので貴重だと思いますよ。『知識は力なり』とか確かフランシス・ベーコンが書いていましたよね」
 もしかして違った人が書いていたのかも知れないけれど、間違った場合は最愛の人が指摘してくれるハズだ。
「ベーコンがそう書いていたな。ちなみに直哉さん宅で出たシェイクスピア別人説の候補者として候補に挙がる人だな」
 楽しそうな笑みをうっすらと浮かべているのが対向車のヘッドライトで分かった。直哉さんや瑠璃子さんが怪しければそういった表情を浮かべるかな?と思ってしまう。
「そうなのですか?具体的にどんな点が?」
 シェイクスピアの作品はそれほど読んだ覚えがない。ただ、祐樹も国際公開手術の術者に推薦される日を待っている状態で、もしその希望が叶った場合、日本人だけでなく他の国の外科医の人とも直接交流出来るわけで――以前、ベルリンで行われた最愛の人が術者になった時には矢も楯もたまらず駆け付けた。失敗すれば落伍者の刻印を押されるシビアなモノだと聞いていたので。最愛の人は大喝采の中手術を終わらせていた。その時の祐樹は完全に最愛の人のオマケ程度の扱いだった――話題として知っていた(ほう)が良い雑学(トリビア)だ。
「ウィリアム・シェイクスピアは英国の王室のこととかも具体的に書いているのだけれども、上流階級に属していたなら生涯もキチンと記録されているハズで、そういう記録も存在しないことから中流以下の階級だったのではないかと推測されている。そういう階級に属していながら王室のことを具体的に書けたのかという点が疑問視されているな。ベーコンは上流階級だったので見聞きしたことを書けばそれなりの説得力が生まれるだろう?」
 確かに、祐樹だって例えば皇室のことを小説に書けと言われると困ってしまうだろう。そういう執筆依頼などは来ないだろうけれども。ただ万が一そういうオファーが来たとしても大学病院を舞台にした話とか、百歩譲って恋愛小説とかでないと多分無理だ。祐樹が兼任しているAi(死亡時画像診断)センター長だけれども、この死因特定方法を世間に周知させたくて小説家デビューしたというのが詳しい経緯だと聞いている。どうやら医師と作家は相性が良いらしいけれど、目下のところ祐樹にはそんな余裕はないし、最愛の人とノンフィクションの共著が書けただけで充分だった。
 今はネットが有るので調べようとしたら色々と皇室についても出てくるだろうけれど、瑠璃子さんがシェイクスピアは徳川家康と同じ生没年と言っていたので、上流階級出身かそれとも上流階級の人に直接取材出来る人しか書けないような気がする。
「ただ、ベーコンよりも有力視されている候補者は何人も居るらしいのだけれども……」
 そんなことを話していると見覚えのある通りに出た。
 別人説はともかく教養の一環としてシェイクスピアの「現代語」版は読んでおいた方が良さそうだなと内心で思った。病院に行くと言っていたけれども、多分目指すのは執務室だろう。一体何を思い付いたのだろう?今までの最愛の人の反応として直哉さん夫婦ではなさそうだったけれども。
 定時を過ぎた教授執務階には人の気配もなかった。ただ、患者さんの容態で待機している教授とか論文などの執筆、そして他の人間には悟られたくないような教授同士の密談とかそういった理由でまだ帰っていない人も居るだろうから三歩下がって歩いた。
「祐樹、今からプリントアウトするのが太田医院の山田さんから届いた長楽寺氏のカルテと血液検査の一覧だ」執務用の椅子にしなやかな動作で座った最愛の人はパソコンを起動させてキーボードを白く長い指で操作している。その鮮やかな仕草に見惚れてしまった。
「月に一度は必ず検査は行っていたらしい。故長楽寺氏の希望なのか太田医院の経営方針なのかは分からないが……」
 常識的に考えて医師が「検査をしましょう」と言い出すことの方が多い。普通のお店だったら、選択権は客に有って買うか買わないかは客が決める。しかし、病院の場合は殆どの場合、医師の言う通りに物事が進む。ただ、太田医院は常識の範囲内には収まらないのでどちらなのかは分からない。
 プリンターから出て来た紙を取りに行った。
「どこが気になるのですか?」
 ざっと見た感じでは不審な点がなさそうだったのでそう聞いてみた。  




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