大輪の花のような風情(ふぜい)の恵まれた容姿を持っている人なだけに黙っているだけで声を掛けられるだろうと踏んでいた。そして二人のような性的嗜好を持っている人達はクローズドの世界の中では割と奔放に振る舞っている人間が多いのも祐樹は知っていたし、聞いた話ではアメリカはさらにその傾向が強いらしい。だからてっきり遊び馴れていると思っていた最愛の人が過去に一晩だけしか「そういう」経験がなかったこととか、その過去は日本に一生帰ることがないだろうと思っていた時に同僚に誘われてゲイの人間が集まるバーで声を掛けられて誘われるままについて行ってという受動的なモノだったと後から聞いた。
 そういう性格の人なので自分からの意思表示がどれだけ心理的な障壁(バリアー)が大きかったかは後で分かった。
「あの夜だけでも充分に幸せだったのだけれど、やはりもっと祐樹と過ごしたいという気持ちだったな……清水の舞台どころか東京タワーから飛び降りる感じで。しかし、想定以上の幸せを運んでくれたので、あの朝の選択をして本当に良かったと思う」
 満開の花のような笑みを浮かべた唇を一瞬だけ唇で触れた。
 エレベーターのチャイム音が鳴ったので、ごくごく軽いキスだったけれども。
 まあ、この「グレイス」は割と老舗みたいなので、この地域限定では男性二人のパーソナルスペースが多少バグっていても誰も気に留めないのは知っていた。ちなみに、同性同士のカップルの方が多い「そういう」ホテルも近くにある。そんな場所に最愛の人を連れ込む気は毛頭ないけれども。
 とは言うものの、最愛の人や祐樹の顔と名前はテレビを媒介にして広まっているので用心するに越したことはない。「グレイス」店内では性的少数派という暗黙の了解が有るので秘密は守りやすかったけれども、公道では注意を払わないといけないのも事実だった。
「酔い潰れたフリをしていて下さい。多分その(ほう)がタクシーの車内でスキンシップがしやすいでしょうから……」
 一つの「企み」を成功裏に終わらせた達成感と共にビルから出ると、誂えたようにピッタリと「空車」の文字のタクシーが通りかかった。
「大阪までお願いします。大丈夫ですか?あの部長ってアルハラですよね……」
 祐樹に凭れ掛かるように肢体を寄せた最愛の人は一瞬だけ戸惑った光を艶めいた眼差しに宿らせていた。多分アルハラ、つまりアルコールハラスメントという単語を知らなかったのだろう。
 ただ知らなかったとしても運転手さんには伝わったと思いたい。
「大丈夫……酔ってはいない……」
 「グレイス」正面から大阪へと向かう道は何だかとても懐かしいようなそれでいて何だか当時のことを想い出してしまう。
 あの夜は確かに祐樹と二歳しか異ならないのに、名誉も富もそして美人の婚約者まで持っている恵まれ過ぎた人なのだと思っていた。しかし、名誉と資産は確かに持っているけれども、それは最愛の人が血を流すような努力の末に勝ち取って来た結果だと徐々に分かってきたし、婚約者の件は単なる祐樹の思い込みとそして長岡先生の真の婚約者を隠すために最愛の人が周囲にそう匂わせていただけに過ぎなかったけれども。
「酔っている人ほど酔っていないと言うのです。気持ち悪くなったら直ぐに言ってくださいね。運転手さんまで迷惑を掛けてしまうことは避けたいですから」
 背中しか見えない運転手さんが動揺した感じが伝わって来た。アルコールの過剰摂取で嘔吐されると車内の清掃は運転手さんの役目なのでそういう反応になるのは理解出来た。
 酔ったフリをして欲しいと言った祐樹に対して「酔っていない」と言葉を紡げるようになったのは格段の進化だと素直に感心してしまう。まあ惚れた弱みというか祐樹の贔屓目(ひいきめ)のせいかも知れないけれども。
 ただ「あの」日「あの」夜の彼なら何も言わないか「酔っている」と正直に返事をする二択だったとだけは断言出来る。泥酔した人間ほど「酔っていない」と言い張ることを知っての上の演技なのは言うまでもない。
「それは大丈夫そうだ、ただ、少し眠いだけで……」
 祐樹の肩に頭を載せた最愛の人は夢見るように目蓋を閉じている。バックミラーの死角になっているのを確かめて細く長い指に祐樹の指を絡ませて強く弱く力を込めた。
「大阪の支社に帰るまで、少し眠った方が良いでしょうね。お水が欲しかったら言ってくださいね……」
 運転手さんの耳を意識しつつ、最愛の人とこっそりと指を絡めて肩に心地いい重みを感じる。それだけのことで薔薇色の幸せな気分に浸ることが出来た。
 付き合い始めてから軽いスキンシップを好んで来たのも――同様にこれから大阪のホテルで行うようなお互いの身体が溶けあうような愛の交歓も好んでくれていたけれども――何となく分かったような気がした。
 祐樹などはそういうある意味面倒くさい手順はスキップして刹那の快楽が得られれば良いと単純に考えていた過去の自分が恥ずかしくなってしまった。
 ただ、こうした軽いスキンシップでも充足した気持ちになれるのは相手がこの人だからかも知れない。
 「支社」とか接待を匂わす発言をしたのは祐樹だけでも特定されてしまうほどのマスコミへの露出のせいだった。最愛の人の顔は祐樹のスーツに隠れていることが多いので多分運転手さんの記憶には残らないだろうけれども用心に越したことはない。
 高速道路特有な非日常感も何だか駆け落ちみたいでとても良い。タクシーを選んだのは飲酒運転を避けたい――そして事故でも起こしたら最愛の人にまで被害が及ぶなどは有ってはならない事態だ――と気持ちが第一の理由だったけれども、「初めて」の夜と関係性が一段と深まった上に最愛の人も自分の魅力を明確に理解してくれた今夜では心境の変化を具体的に味わうためという理由もあった。
 ホテルの部屋で二人きりになるのも勿論(もちろん)楽しみだけれども、直ぐに大阪に着いて欲しいような欲しくないような幸福過ぎる二律背反な時間を楽しもうと思った。
 肩に心地よい重みを感じながら指で求愛のサインをお互いが出し合っているこの状況を。





--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング

2ポチ有難うございました<m(__)m>























































腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村