先ほどから最愛の人は自分の考えに沈んでいるという感じだったのは直哉さんと瑠璃子さんに何らかの不審な点でもあったのだろうか?
「お言葉に甘えて良いのでしょうか?」
最愛の人の大好物なので貰う気は満々だったけれども、一応遠慮してしまう。
「どうぞ、ご遠慮なく。――家に置いてあると、直哉さんが食べないか心配ですから、無い方が良いのです」
悪戯っぽく笑った瑠璃子さんを見て直哉さんも割と広い肩を竦めている。瑠璃子さんが家族性高脂血症のことをキチンと理解して食生活をコントロールしていることについて直哉さんも内心感謝しているのが分かる。
普通の食事ではなくて低コレステロール・繊維質の多い食品・ポリフェノールなどを摂取していれば普通に天寿を全う出来る。そのことについて瑠璃子さんは義母の佳世さんや医師のアドバイスに忠実に従っているようだったし直哉さんも瑠璃子さんのために出来るだけ長生きしたいだろう。
長楽寺氏のような良く言えば自由悪く言えば刹那の快楽主義な生き方を直哉さんは反面教師にしているのだろう。あれだけ奔放な女遊びをしていた父親を持って、母の佳世さんの辛さを身に染みて分かっているからこそ瑠璃子さん一人を大切にしているのだなと何となく察した。
「では遠慮なく頂きます。お土産までお心遣い頂き本当に有難うございました」
祐樹が紙袋を受け取って一礼すると最愛の人も我に返った感じで頭を下げている。ただ、その動きは一見滑らかで上品な仕草だったけれども、祐樹には何だか心がこもっていないように見えた。
「どうかしましたか?直哉さん夫婦に何か不審な点でも?」
マンションを出てタクシーの広いやすい大通りまで歩きながら尋ねてみた。
「ああ、祐樹が瑠璃子さんや佳世さんの学歴とか職歴を聞いていただろう?あの質問はどういう意図が有るのか?と最初は分からなかったのは事実だけれども……やっと思い至った。要は医師でなかったとしても看護師などのコメディカルの知識さえあればあの杜撰極まりない太田医院に入院中の長楽寺氏の命を縮められると考えているのだなと。私には患者を救ってこその専門知識や技術が医学の神髄だとずっと思って来たのでそういう発想は全くなかった」
最愛の人は明敏過ぎる頭脳の持ち主だけれども、それを悪用して何かをするという発想が祐樹以上にないと思われるので考え付かなくても無理はない。
「いえ、それが真っ当な発想だと思いますよ。ただ、ああいう病院としては評価がゼロ点以下の医院ならば何をしても太田院長に気付かれる懼れはないだろうなとふと思いついたものですから。ただ、太田医院に搬送してくれと要求したのが長楽寺氏ですからね。そこがネックです。
ウチの病院とまでは行かなくても、一般の病院に搬送されたら犯行は不可能ですよね。千載一遇のチャンスと思って犯行に及んだという可能性も有りますけれど……佳世さんも瑠璃子さんも医療関係の経験がないので、このアイデアはボツですね……。あ、空車が来ましたので乗りましょうか?」
最愛の人が頷いたので手を上げた。
「あ、そうそう、西ケ花さんの多額のブランド物の買い物を経費として落としているという話の時に、仕訳という言葉が出て来ましたが、あれは一体どういう意味ですか?」
折角の機会なので疑問は解消したい。
「ああ、あの話か……。例えば経費は経費でも色々有って、例えばこのタクシーの運賃は交通費、祐樹が買ったボールペンは事務用品というふうに分けていく。経理というか簿記ではそういう細かく分類することを仕訳と言って、決算書類を作る基礎となる」
最愛の人が事も無げに説明してくれたのを聞いて納得しかけたが、別の疑問が出てきた。
「祐樹、一度病院に寄ってからその後で帰宅するという段取りで良いか?」
後部座席の隣に座った最愛の人が決然とした感じの瞳の光を宿して祐樹を見た。
病院と自宅マンションは徒歩圏内なので、方向的には一緒だ。
ただ、最愛の人は先ほどから何か思いついたことがあるみたいな感じなので頷いた。
「すみません。行先をK大付属病院に変更をお願いしても良いですか?」
京都のタクシーは大阪などと異なって丁寧な物腰の人が多いような気がしていたのだけれど案の定愛想の良い返事が返って来た。
「もしかして、簿記まで良くご存知なのですか?」
簿記というモノが有るのは知っていた。ただ、祐樹にとっては茶道とか華道とかと一緒で一生縁のないものだと思い込んでいたけれども最愛の人は違っていた可能性も有る。
「資格は持っていないけれど、決算の良い企業には投資価値も高いと担当者に聞いて決算書類を見ているうちに具体的にどう作るのか気になって簿記の本も読んだので。貸借対照表とか損益計算書は左右の数字が必ず一致するとか、とても面白かったせいもあって、ついつい自分でも計算していた。だからだいたいは分かると思う……」
タクシーの運転手さんの耳も有るので長楽寺氏の件とは関係のない会話をしている方が無難だろう。
「そうなのですね。逆に言うと、病……勤務先の決算書類も見れば問題点も見つかりますか?」
「病院」と言いかけて慌てて言い直した。壁に耳ありという感じなので、個別具体的な話は避けた方が無難だろう。
「100%ではないけれど、多分だいたいのことは分かると思うけれども?」
病院を行先に指定した後に気持ちを切り替えたのだろう。普段の彼に戻って祐樹の問いに首を傾げながら答えてくれていた。
「その知識が有れば、あのムカつく人間にも対抗は出来ますよね?二言目には経費削減と鸚鵡のように言っているあの人にも。貴方のその知識は次のトップを選ぶ時に必ず有利になりますよ。大々的に広めて良いですか?」
最愛の人が心の底から驚いたように切れ長の目を大きく瞠っている。
「そんなに大層なモノではないと思うのだが……専門的に学んだわけでもないし、何の資格も持っていない」
あの事務局長は確か名門のコロンビア大学の経営学修士ホルダーだ。
「いえ、あれは一般的な会社とかだと役に立つ資格らしいですけれど……、我々の業界は少々特殊ですからね。それに直哉さんのような会社では赤字部門からの撤退はある意味仕方ないかと思うのですが、ウチのような職種では赤字でも存続させなければならないものと、そうでないものを区別する必要が有りますよね?そして現場の人間にはそのような経営とかの知識が皆無なのですから、大々的にアピールすべきだと思います」
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