「そうですか。まあ、亡くなったからこそ美点も見えてくるかと思います」
 それにもう瑠璃子さんに対して酷いことも出来ないので直哉さんにとってはプライベートでも安心だろうし、会社の経営も思うようにリーダーシップが執れるようになるのだから良いコトなのだろう。しかし、そういう意味では長楽寺氏が亡くなったことに対して物凄くプラスになることばかりだ。
 何かの本で読んだ覚えが有るが、犯人とは被害者が死んで最も得をする人間であることが多いと。
 その説が正しいとするなら直哉さんが筆頭のような気がする。
 遺産に頼らなくても次期社長になって充分な報酬も得られるだろうし、父親の顔色を窺って動いていた経理課の人間も態度を改めるか辞めていくかの二択のような気がする。
 それに愛する瑠璃子さんを完璧に安全な場所に置いたことになるし。佳世さんも浮気に悩まされていたという恨みは依然として持っている。その点西ケ花さんは来月からの収入はない。いわば金の成る木、もしくは金の卵を産む(にわとり)を自ら殺すようなことはしないだろう。いよいよ分からなくなってしまった。
 祐樹は警察官ではないのでこの事件が所謂(いわゆる)迷宮入りになっても森技官からごちゃごちゃ言われるだけで――ただ、普段から仲の良い喧嘩友達なのでそれほど痛痒(つうよう)は感じないだろうけれども――世間的にどうこうと言われることがないのは救いだなと思ってしまう。
 週刊誌などでは「○○一家惨殺事件から4年、容疑者も特定できず……警察は何をしているのか?」みたいな報道がされることは祐樹や最愛の人に限ってはないわけで。
「香川教授、他に何か聞きたいことは有りますか?」
 何だか沈思黙考の表情で黙っている最愛の人に声を掛けた。祐樹としてはこれ以上聞きたいことはなかったので、そろそろ辞去を考えたのだけれども。
「いえ、お会い出来て良かったです。お二人とも末永くお幸せに暮らして下さい。――あと、思いついたことが有れば名刺の電話番号かメールアドレスにお知らせくださると幸いです」
 水も漏らさぬような丁寧な口調と柔らかな笑みを浮かべた表情だったけれども、最愛の人とずっと過ごして来た祐樹は微かな違和感に気付いた。
 一体直哉さんと瑠璃子さんの話の中で何が彼をそういう気持ちにさせたのだろうか?
「こちらこそこのような拙宅に香川教授と田中先生をお招き出来て光栄でした。また何か気付くことが有れば必ずお知らせいたしますので」
 最愛の人がしなやかな動作で立ちあがったのを見て祐樹もソファーから腰を上げた。
「何もお構い出来なくて申し訳ありません」
 瑠璃子さんもお育ちの良さそのままに礼儀正しい挨拶をしてくれている。
「いえいえ、とても美味しい紅茶とお菓子を振る舞って頂きまして有難うございます」
 最愛の人は手を付けていなかったお菓子に――因みに最愛の人がお気に入りの兵庫県芦屋市に有る洋菓子店のフィナンシェとクッキーだったが、直哉さんが手を伸ばそうとした時に瑠璃子さんがさり気なくその手を優しく制止していた。まあ、バターもたっぷり入っているお菓子なので直哉さんの身体のことを慮ったのだろう――未練がましい一瞥(いちべつ)を数秒だけ送ったことに気付いた瑠璃子さんは気付いたらしい。
「あの、五分だけお待ち頂けますか」
 それだけ言ってキッチンの方へと軽やかに去って行った。最愛の人はまた考えに沈んでいるような感じで佇んでいるし、五分の間は直哉さんと話をするのは祐樹の役目だろう。
「会社の発展方法について具体的なビジョンはお有りですか?」
 会話を捻り出そうと咄嗟(とっさ)に浮かんだ質問がこれだったのだが、最愛の人はともかく祐樹に経営のことなど全く分からないので単に拝聴するだけで、その良し悪しが分かったり具体的なコンサルが出来たりするわけはない。気まずい沈黙を避けることだけを目標にしているだけなので。
「地味なようですが経費節減をして今後伸びしろの高い部門に注力します。赤字部門とか、父が道楽でしていたような事業は撤退の方向で考えていますね」
 直哉さんの発言を受けてふと疑問が浮かんだ。
「道楽でしていた事業ですか……?例えばどんなことですか」
 直哉さんは育ちの良さそうな顔に苦々しそうな笑みを浮かべている。
「ウチは地元密着の企業なのに、例えば九州のホテルの買収とかそういった京都とは関係のないことまで手を広げようとしていました。度々視察などと称して豪遊の旅に出かけていましたし」
 そう言えば西ケ花さんもそういう「出張」の時にはご同伴をしていたと言っていたなと。彼女は男性にお金を遣わせることが「女の格」だと豪語する人なので、出張の際のホテルの部屋のグレードとか仮に新幹線で行くのならグリーン車は当たり前、最近は珍しくなったらしい個室が有るなら迷わずそちらを選ぶような女性だ。
 最愛の人は教授職なのでグリーン車のチケット代は病院側にも経費として認められるが、祐樹の場合厚労省からの招きの――つまり経費負担は厚労省――場合だけグリーン車だ。心臓外科医としては一介の医局員なのでその扱いも仕方ないと思っているけれども。ただ、差額は自腹で支払って隣の席を確保することの方が多いのも事実だったけれども。厚労省の招きは心臓外科の研究会などが多いのでAiセンター長という准教授並みの待遇の恩恵には浴してしない。
 これからAiセンター同士の交流が――普段はメールや電話が主だった――深くなればそちらはグリーン車のチケット代を請求出来そうだが。ただ、西ケ花さんは自分の魅力とか身体にはグリーン車とか飛行機ならファーストクラスの価値が有ると固く信じているような人なだけにお金は物凄くかかるだろうなと思ってしまう。
「確かに九州のホテルは京都と関係ないですからね。ああ、ノウハウもないのに新規事業に手を出すという一環にホテル経営というのも有ったのですね」
 直哉さんは苦々しい笑みを浮かべて頷いている。
「地に足が付いた経営が最も上手く行くと素人ながら考えます。いえ、こういうことを申すのは『孔子に論語、釈迦(しゃか)説法(せっぽう)』ですよね。すみません、出過ぎました」
 商社勤務の後に会社経営に関わるようになった直哉さんと大学病院の中でひたすら手技を磨いたり患者さんの対応をしたりしている――救急救命室では経費削減案も出したことは有るが、大局的な経営という視点を持ち合わせてもいないし、経済や経営の知識も絶対に負けている自信はある。
 直哉さんは何も言わず好意的な笑みを返してくれていたのが幸いだった。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。これ、宜しければお持ち帰りください」
 瑠璃子さんが差し出した紙袋の中には綺麗に包装されたままの洋菓子が入っていた。しかも最愛の人が好きな洋菓子店のモノだったけれども、本当に厚意に甘えて良いかどうか躊躇いがちに最愛の人の表情を探るように見てしまう。普段なら喜びに満ちた表情をするか、それとも遠慮めいた笑みを浮かべるだろうなという予想に反して、心ここに有らずといった感じで内心(いぶか)しく思った。


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