それに目の前には最愛の人が作ってくれた年越し蕎麦がホカホカと幸せそうな湯気を立てている中で他愛のない会話を交わすのが心が弾んでしまう。そして紅白歌合戦を見ながら食べていた蜜柑の香りも懐かしさと爽やかさを二人の親密な空間に彩りを加えるようだった。
「3240回……。ああ、108を10倍して3を掛けたのですか……。その『欲望』を一回分祓い合いたいのですけれども、その後に初詣に行くのは無神論者の私でも流石に気が引けます……。その代わりと申しては何ですけれども……」
 初詣に直ぐに行けるようにという準備だろう。最愛の人は襟ぐりの深い普段の室内着ではなくて淡い緑色のタートルネックのセーターを着ている。その肩を抱き寄せて口づけを交わした。
「『ゆく年くる年』を観て各地の新年を迎える様子を眺めましょうか?雪国の様子とか中々風情が有りますよ?お蕎麦、頂きます」
 横に座った最愛の人もお箸を優雅に持っている。
「とても美味しいです……。お出汁(だし)の隠し味は柚子ですか?」
 意外に柚子と狐蕎麦に載っているお揚げが合うのは知っていたが、柚子と薬味の七味唐辛子も出汁と程よく調和して物凄く美味だった。二人で肩を並べて炬燵に入って食べる年越し蕎麦は普段以上に美味しかった。
「祐樹は柚子が好きなので工夫してみた。田中家のレシピからは逸脱してしまったけれど……」
 最愛の人が花のような笑みを浮かべて横を向いてくれて、祐樹の視線と絡まり合った。それだけで心が春の陽だまりの中にいるような満たされた気分になる。それに暖かい室内で雪景色の北国の風景とかバックに鳴っている除夜の鐘が荘厳な雰囲気だったし。
「お正月に旅行というのも勿論良いですけれど、こうして部屋で寛ぎながら貴方と過ごす大晦日というのも素敵ですね……」
 最愛の人も心の弾みを表すような笑みを浮かべている。
「先ほどの話の続きですけれども……一度の愛の交歓で三回はしたいという意味でしょうか?」
 言葉遊びというか、最愛の人に「そういう」意味を込めて冗談を言うのは心の弾みのせいだ。直接的な口説きとかお誘いは良く口にするものの、年が改まった後に初詣に出掛ける予定が有るので素肌で愛を語り合うのはその(のち)のことだ。愛の交歓の時以外に「そういう」言葉を言うのは初めてのような気がする。
 最愛の人は薄紅色の唇に(すす)り込んでいた年越し蕎麦に()せて咳き込んでいた。そして頬が紅くなっているのは咳のせいではないだろう。背中を優しく(さす)って最愛の人の確かな体温ととろりとしたカシミアのセーターの肌触りを味わった。
「大丈夫ですか?お水飲みます?取って来ましょうか?」
 薄紅色の頬が複雑な笑みを浮かべている。その中の成分の多くは幸福と羞恥といった感じだった。そういうリラックスした笑みを見ることが出来て、家で寛ぐ年越しもまた格別だと思ってしまう。
「いや、大丈夫だ。気管に少し入っただけで、もう治まった……。3を掛けたのはそんな深い意味はなくて……ほんの思いつきだ」
 狐蕎麦は祐樹の実家で毎年食べていた時には何とも思わなかったが、最愛の人と各地の年越しの風景を観ながら味わうのは格別な味がする。
「でしたら『姫初め』は三回愛し合いましょうね……」
 意味ありげに指を付け根まで絡ましてそっと上下に揺する。その微細な動きに白く長い指が薄紅色に染まっていく。ただ最愛の人が浮かべる極上の笑みの中に(いぶか)しさも混じっているような感じだった。
「何か変なことを申しましたか?」
 厳粛な雰囲気のテレビの画面と異なって、二人の間には甘い桃色の親密な空気が漂っているようだ。
「私の記憶が正しければ『姫初め』はあと数分で始まる元旦ではなくて……二日にする愛の行為のはずなのだが……」
 恥ずかしそうに艶やかな視線を床に落としているのが彼らしい。
「え?元旦ではないのですか?それは覚え違いというか早とちりをしてしまっていました。ただ、貴方がこんな俗語を良くご存知でしたね?」
 最愛の人は博学ではあったものの、性にまつわる知識は祐樹経由でしか知ろうとしない可愛い人なのに。そして「多分」俗語なので、高尚な会話を好む教授達の会話に出てきたとは思えない。
 それに最愛の人は祐樹以外の人の前ではどこか静謐で孤高な硬い雰囲気を纏っていたのでそんな言葉を使う病院関係者は居ないと思う。次期病院長を目指すようになったので他科の教授や准教授以下の医師達と親し気な笑みを浮かべて会話をするようにはなったものの、そこまでくだけた話はしていないハズだ。
「お正月の過ごし方とか……お正月にまつわるちょっとした雑学(トリビア)が書いてあるサイトをざっと見て、そこに書いてあった……。地方によっては異なるのだろうか?京都のようにお蕎麦ではなくてお饂飩(うどん)を食べる地方も有ったり、お雑煮も田中家のような澄まし汁ではなくて京都では白味噌(みそ)仕立てだったりするように……」
 今度は祐樹が目を見開く番のようだ。
「そんなに地域差があるのですか?私はずっと年越しはお蕎麦を食べるモノだと思っていました。実家にいる時は狐蕎麦でしたし、大学時代はインスタントの天ぷら蕎麦をコンビニで買って食べていました……。大晦日に饂飩を食べるという発想は全くなかったのですが。それに京都は白味噌なのですか?」





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