最愛の人が楽しみにしていた帰省がなくなったわけだし、今年は旅行の予約もしていなかったのでお正月のイベントは皆無になってしまった。そして今から予約を取ろうと試みても人気の有る旅館とかホテルは埋まっているだろうし。
「いや、お母さまに会えないのは残念だけれども……元気で旅行を楽しんで下さるまで回復したのは喜ばしいことなので……。祐樹が謝ることではないと思う」
 最愛の人と出会った時、母は腎臓を患って入院中だった。それが自宅療養を経由してほぼ健康体になったのは最愛の人の尽力と影響力の賜物だった。
「ああいう話で本当に良かった……」
 独り言めいた呟きと共に安堵の溜め息を零す最愛の人にお詫びのキスを贈ると春の陽だまりのような眼差しで祐樹の瞳を見ている最愛の人が心の底から愛おしい。
「昼食を用意して下さって有難うございます。取り敢えず問題は解決したので一緒に食べませんか?貴方は午後も手術ですよね?」
 応接スペースへと移動して向かい合った。
「それで、お正月はどう過ごしますか?今からだとどこも予約は厳しいでしょうし……。母が我が(まま)をいきなり言って来たので予定が狂ってしまって本当に申し訳なく思います……」
 優雅な動きで箸を動かしている最愛の人は何だか背中に背負った重い荷物を下ろしたような表情だった。
「私は祐樹と過ごせるのならどこでも構わないので。年越し蕎麦(そば)とかお(せち)料理の材料を買い出しにいかないと……。お雑煮も田中家の味を再現出来るように頑張るし……」
 最愛の人はむしろ楽しそうだった。
「貴方さえ宜しければ、私が子供の頃から中学生くらいまで過ごした年越しを再現しませんか?……大人になった恋人(こ・い・び・と)としか出来ないことも付け加える形で……」
 嬉しそうに頷いていた最愛の人が「恋人としか」と言った時に一刷毛(はけ)したように綺麗で瑞々しい薄い紅色に染まった。
「具体的には何を用意すれば良い?」
 最愛の人がお正月をどのように過ごしていたか具体的には知らない。ただ心臓が弱かったお母さまと一緒に慎ましい生活をしていたのだから、初詣(はつもうで)に行くとかの野外での行動はしていないハズだ。
「そうですね。炬燵(こたつ)に入って蜜柑(みかん)とかスナック菓子を食べる程度です。アルコールはお任せします。(あと)はお屠蘇(とそ)の用意くらいです。初詣(はつもうで)は八坂神社などの賑やかな所にしますか?」
 祐樹の知る限り大晦日(おおみそか)から元旦にかけて京都で最も賑わう神社だ。最愛の人が大好きな屋台も沢山出ている。ただ外国からの観光客も多いので割とお祭り騒ぎというかイベントっぽくなっているというウワサはナースから聞いていた。
「炬燵は今から注文しても間に合うだろうか?」
 箸置きに箸を置くしなやかな長い指が薄紅に染まっていて、最愛の人の心の弾みが垣間見えた気分になる。執務机のパソコンで何やら検索しているらしい。
「年内配送可能なのが何個か見つかった。大きさは二人用で良いか?」
 それだと向き合って座るように作られているハズだし、祐樹の学生時代から住んでいるマンションを僭称(せんしょう)しているとしか思えないアパートの炬燵も確か二人用だった。
「出来れば四人用でお願いします。リビングでテレビを観ながらゆっくり寛ぐためには広い方が良いでしょうから」
 それに、二人が住むマンションはファミリータイプの部屋なので二人用だと何だか取って付けた感が否めないだろうし。
「初詣に行く神社は、年の初めに相応しく厳粛な雰囲気を味わいたいのであまり人のいない所が良いな。屋台も捨てがたいけれど……それは夏まつりとか別の機会にしよう」
 幸いというかここは京都なのでお寺も神社も大小さまざま腐るほど存在する――と表現すると何だかバチが当たりそうだが――。
 それに病院と徒歩圏内のマンションなので祐樹が救急救命室の凪の時間に煙草を吸いがてら一人の時間を楽しむ穴場の神社も知っている。そういう割と寂れた神社の方がゆっくりとお(まい)り出来るだろう。
 ご近所の人は初詣に来るかも知れないが。病院は救急救命室くらいしか盛況ではないし、救急救命室勤務の人間が神社に来ないことは他ならぬ祐樹が最も知っている。
「分かりました。初詣の件ですけれど……貴方は夜中に外に出ないので、防寒対策はしておいた方が良いと思います」
 祐樹は一応京都府だが日本海側で育った。京都市からは北側に位置するので大学に受かってこちらに来た時は一応南下したので温かいだろうと漠然と考えていたのだが、京都市が盆地で底冷えのする寒さだということを失念していて、冬の寒さには内心驚いた記憶が有る。
「防寒……、祐樹にクリスマスプレゼントとして貰ったマフラーと手袋は必須で、セーターにコートで大丈夫だろうか?」
 真剣な眼差しだったが、楽し気な光も宿っている。
◇◇
「あ、除夜の鐘が鳴っているな」
 年越し蕎麦を運んで来た最愛の人が炬燵の上に蕎麦を置いてベランダのガラス戸を開けている。外気温は0℃近いが炬燵に入っていたので寒くはなくて逆に冷たい風が心地よい。
「除夜の鐘は108回衝くとその数だけある煩悩(ぼんのう)が消えると言いますけれど……。煩悩の中に含まれる『(ねた)み』や『怒り』は消えそうですが貴方への『欲望』は絶対に消え去らないですね。108回どころかその10倍の鐘の音でも無理です……」
 二人で肩を並べて蜜柑とポテチチップスなどをお互いの口に入れ合ったり、肩を抱いたりキスを交わしたりしながら観ていた紅白歌合戦が終わった瞬間に我に帰ったような最愛の人がキッチンへと向かって年越し蕎麦を用意してくれた。
 祐樹も手伝うと言ったが、うっかり「全部母が用意してくれました」と白状してしまっていて「祐樹はそのままで良いので」と釘を刺されてしまっていた。
「私も祐樹に対する『そういう』欲望は3240回の鐘の音を聞いても無くならない、な」
 お蕎麦やお茶をテーブルに形よく並べた後に、肩を並べて炬燵に入った最愛の人が祐樹の方へ肢体を傾げてくる。その心地よい重みと温かさだけで充分幸せな気分になった。
 しかし、何故3240回なのだろう。それだけ祐樹との愛の交歓を楽しみにしてくれている最愛の人の気持ちは嬉しいが。



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