「掛けても良いですか?」
 一応許可を取って通話をタップした。
『聡さん本当に申し訳ないと思っています』
 最愛の人のライン通話で掛かって来たのだから祐樹が電話したとは思っていなかったのだろう。何だか凄く申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「母さん、重大な話って何だよ?彼が内容を知るのが怖いって言っているので代わりに俺が掛けたんだけど!?」 
 電話の向こうで息を飲む気配がした。
『ああ、祐樹だったの?あのね……実は……お正月にね……』
 次の言葉を聞いた途端にふざけるな!と思ってしまった。最愛の人がこんなに動揺したり深刻な表情を浮かべていたりしていたので。
「はあっ!!重大な話って言うから母さんの容態が悪くなったのかとか俺と別れてくれという話かと凄く心配していたんだぞ!!」
 最愛の人にも祐樹の怒りが伝わるようにきつめの声を出した。「重大な話」がそういう類いのものではないことが分かった最愛の人は白く長い首を優雅に傾げていた。
「取り敢えず母さんは彼に謝ってくれよな。午後も彼は手術(オペ)なのだからそんな些細なことで動揺なんてさせるなよ……彼は文字通り患者さんの命を預かっているんだから、母さんもそのくらいは配慮してくれよな!!」
 ミュートにした後にスマホを最愛の人に渡した。そこまで深刻な内容でないと分かったらしく、指の震えは治まっている。実の母だが今回ばかりは怒りを抑えきれない。いや、血の繋がりのある人だからこそより怒りがこみあげてくるのかも知れない。深呼吸したら怒りも収まるかと思って大きく息をしてから口を開いた。
「何が重大な話かと思いましたよ。重大という言葉の意味を知っているのかと我が親ながら呆れました。母も反省はしているみたいなのでどうか許して下さい……」
 頭を下げると最愛の人は安堵めいたの溜め息を零している。
「お電話替わりました。お元気でいらっしゃいましたか?はい、私はお蔭様で相変わらず元気に過ごしています。一体何のお話しですか?え?お正月に『三泊四日で行く台北(たいぺい)の旅』……商店街の福引での特賞が当たったと。はあ、それはおめでとうございます。それで実家にはいらっしゃらないと……」
 端整で怜悧な声だったが最愛の人は安堵したような表情を浮かべている。そこまで詳しい話は聞いていなかったので、最愛の人のデスクの椅子の(ほう)へと回り込んだ。そしてハンズフリー機能を使って良いか眼差しで聞いてからタップした。
『そうなのよ。お友達の後藤さんの福引券なのだけれど私の方が運も良いからって回したら特賞が当たってしまって。それでね、聡さんに重大なお知らせというのは、お正月に帰省してくれるという約束を今年だけはキャンセルしても良いかってことなのだけれども……祐樹はともかく聡さんに会えないのはとても残念だし、そしてこちらの都合を押し付けて本当に申し訳ないのだけれども……』
 母の能天気な声に思わず「バカヤロー!」と叫んでしまいたくなるのをぐっと耐えた。最愛の人にそういう乱暴な言葉を聞かせたくなかったし、何よりここは教授執務室だ。防音はキチンとされているのは知っている。何しろこの執務室でも愛の交歓をしたこともあるので。
 ただ、何かの拍子で祐樹の声が漏れたら教授に対して暴言を吐いたと捉え兼ねられない。祐樹は「香川教授の懐刀」として医局だけでなく他科の教授にも認知されるようになったのに、その「懐刀」が教授にそんなことを叫んだというウワサが流れると地味にショックだ。
「帰省するのを楽しみにしてくれている彼をさ、そんな台北の旅ごときでキャンセルするって……。いや俺は良いよ」
 祐樹の声と表情で気持ちが伝わったのか最愛の人は宥めるような眼差しを祐樹に向けている。
「お母さまも年齢的に海外旅行が辛くなる時期が来そうですので、出かける機会が有れば積極的に活用してください」
 色々と想定していた――最愛の人はだいぶマシにはなって来たものの標準(デフォ)装備(ルト)は「悲観的」だ――心配が全て杞憂だったことが分かったようで明るい声で返している。
『そうなのよね。町内の老人会では飛行機に乗って旅行するのは元気な人でも70を超えると辛いとか聞いているので、この機会に行って、念願だった翡翠(ひすい)の白菜とか豚の角煮にそっくりな彫刻とかを死ぬまでに一回見て来ようかと思ってしまって。ただ、聡さんの顔を新年に見られないのも残念だし、迷ったのだけれど』
 翡翠で出来た白菜とか豚の角煮に似せた彫刻……。翡翠もそれなりに高いのに何故、白菜にしようと思ったのかは謎だが、台北に有るということは中国の皇帝か何かの道楽なのだろう。
 ただ、白菜とか豚の角煮と聞いて何だか怒りが笑いに変わっていってしまった。
「いえ、私の顔などは何時(いつ)でもご覧になれますので、台湾の故宮博物院にいらして下さい。お正月はお母さまに教わったレシピでおせち料理をこちらで作りますので……」
 白菜とかは故宮博物院とやらにあるらしい。どこにあろうと別に構わなかったし、帰省も最愛の人が望むのでそれに付き合っているだけなので祐樹的には最愛の人と水入らずで過ごすお正月で充分だった。ただ、母はパスポートを持っていなかったハズで、作成には一週間ほどかかる。
 病院の仕事納めの前日の今日なので――救急救命室はお正月も稼働している、特にサイレントキラーと呼ばれているお餅を喉に詰まらせた人などが搬送されるケースが最も多いと聞いているが祐樹はお正月とか土日は休みをもぎ取っているので実際に処置に当たったことはない――母はそれ以前に申請をしているハズで、祐樹最愛の人の帰省よりも白菜を優先したのは何となくもやっとしてしまった。
 ただその点を指摘してしまうと最愛の人が悲しむかもしれないなと辛うじて自制する。
「では、ご旅行を楽しんでいらして下さい」
 祐樹がイラっとしている間にも最愛の人と母の会話は続いていた。
『聡さんも、ああ祐樹はついでだけれども、良いお年をお迎えください』
 白菜に心が飛んでいるのかも知れない母は楽しそうに会話を終了させている。
「すみません……あんな母で……」
 何だか最愛の人に物凄く申し訳なくて頭を下げた。




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