予めイメージしていた執刀の手順――こういうイメージトレーニングが重要だと教えてくれたのは言うまでもなく最愛の人だ――よりもスムーズに手術(オペ)は終了した。
「お疲れ様です。皆様がお気づきの点が有りましたら是非ともお教え下さい」
 第一助手から順番に表情を見て確かめていく。手術スタッフには技師も看護師も含まれている。その全員の表情を確かめた。
 かつては最愛の人の第一助手を務めていた時には最愛の人が祐樹の眼差しで手技の出来を確かめていた気持ちが痛いほど分かった。
 執刀医は確かに外科医なら誰でも羨むポジションだが、手術の全責任を負うし、手技の出来は遠慮して言わないのが病院の不文律だ。
 だから最愛の人は祐樹の目を見て自分の手技の出来を確かめていたのだろう。
 医師専用の手術控室に入って術着を脱いでランドリーボックスに入れる。ご家庭用の洗濯機ではなくて手術中に飛び散った菌やカビの胞子まで根こそぎ除去する必要のあるものは100%対応可能な特別な洗濯の機械だ。かつて術着は使い捨てだったらしいが、世の風潮が再利用出来る物はなるべくそうした方が良いという雰囲気に変わっていったのを受けて経費節減を呪文のように唱えている事務局長も渋々認めた。この病院の面子(めんつ)に関わるとして分厚い経費の壁を突破した一例だ。
 シャワーを浴びて個室から出ると「いの一番」に指輪を付けた。クリスマスプレゼントとして最愛の人が贈ってくれたのだから当然だ。
 着衣を纏っていると「田中先生もいよいよ年貢の納め時だなぁ……。バリキャリの商社レディはプライドも高いし尻に敷かれるのが目に見えているな……」隣のロッカーで着替えている柏木先生が何だか同病相憐れむといった感じで話しかけて来た。
 柏木先生の今の奥さんは手術室の敏腕ナースだが、共著の本を出した記念のサイン会に来てくれた時には完全に彼女が主導権を握っていたので家でもそうなのだろう。
「それが、彼女が海外駐留員に選ばれまして……。数年は帰って来られないのです。婚約の前渡しという感じで指輪を交換しただけですよ……」
 不幸中の幸いというか祐樹が女性(むし)()けに贈った最愛の人の指輪とはデザインが異なっているので――ちなみに祐樹も最愛の人が喜ぶので同じデザインの物を持っているがつけたことはない――怪しむ者など居ないだろう。それにブランドに詳しい看護師からは「エルメスですよね!?」と騒がれた。
「そうなのか?遠距離恋愛は割と聞いたことがあるが、海外と流石は田中先生だ」
 柏木先生の無駄口を聞き流してスマホを確認した。
「差し入れのお弁当は来ていないが、至急相談したいことがあるので申し訳ないが執務室に来てくれないか。私一人では心もとないので」
 ラインが入っていた。最愛の人と向かい合って一流の料亭やホテルの特別メニューを食するのも確かに楽しみではある。
 それは認めるが、別に昼食のせいで執務室に行っているわけではなくて、最愛の人の顔を見たいのが一番の理由だ。二人の認識にズレがあるなと苦笑して「了解しました」と送信したら即座に既読が付いた。
 「相談したいこと」が何を指すのか全く分からないが祐樹よりも早く手術室を後にして執務室に戻った最愛の人が他の事務仕事を放置してスマホを見ている点が気になった。
「田中です。お呼びにより参上致しました」
 ランチタイムは教授執務階だけに外に食事に出る気分になった教授とか秘書などが歩いているので室内に入るまでは油断は出来ない。
「どうぞ……」
 ノックに応えた声も普段の怜悧さではなくて何だか憂いを帯びているようだった。ただ、最愛の人の手術は相変わらず見事だったと第一助手を務めていた久米先生が様子見に寄った医局で言っていた。
 だから仕事上の相談ではなくてプライベートなことなのだろう、多分。
 ドアを開けると応接机の上には教授用にと調理された幕の内弁当とお味噌汁、そして秘書が淹れてくれたと思しきお茶が並んでいた。最愛の人がいくら患者さんの希望の光でも毎日豪華なお弁当が届くわけではないので用意してくれたのだろう。
 ただ、執務用のデスクに座った最愛の人は白皙の顔が強張っている。
「私に相談したいことというのは何ですか?」
 彼がこんなに深刻な表情を浮かべているのを見たことがないような気がする。
 かつて厚労省のナンバー2に唇を奪われた時は深刻というよりも取り乱している感じの方が強かったし。
 ただ、そんな精神状態でご飯を食べても美味しくないだろうし先に話を聞くことにした。
「これを見てくれ……」
 白くしなやかな指が微かに震えてスマホを祐樹へと差し出した。受け取った時には手が汗に濡れている。言うまでもなく手からの発汗は精神的なことが原因だ。
「ああ、母からですか?え『聡さんに重大な話が有ります。お昼休みにでも携帯の(ほう)に掛けて良いですか』か……」
 実母だけに重大な話とやらが気になったがラインのタイムスタンプ(?)は九時十六分だった。緊急の用事ならばもしかしたら通じるかも知れないと思って即座に掛けてくるだろう。
「重大な話……。安定していた容態が悪化したとか……。祐樹との仲を認めないとか……」
 心配性かつ悲観的な恋人を持つと大変だなと微笑ましく思ってしまった。
「救急車で運ばれたら一人息子である私に第一報が搬送された病院から連絡が有りますよ。ちなみにそんなのは一切ありませんでした。次に母は私に『聡さんと別れるなら勘当するからね』と低めな声で脅されています。
 実の息子よりも可愛がっている上に、貴方も気を遣い過ぎるほど母を大切にして下さっていますよね。ですから有り得ないと思いますが……」
 祐樹の言葉が進むにつれて次第に青みの帯びた肌が白くなっていく。
「私一人では上手く対処出来ないと思って祐樹に来て貰ったのだが……」
 そういう点が祐樹の少ないと自覚している庇護欲をそそるし愛おしいが。
「どうせ今頃は家で昼食を食べながらテレビでも観ているのでしょう。こちらから掛けますね?」
 最愛の人のスマホは祐樹が持っていたが、そのスマホを時限爆弾のように見つめている。





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