「祐樹!雪が降っている……!!」
 最愛の人のフルートグラスを持った薄紅色の指に祐樹が見惚れていると弾んだ声が空気を金色に染める感じで知らせてくれる。
「え?本当ですか?」
 祐樹もガラスに目を遣ると確かに牡丹雪が風に舞っている。しかもこのクラブラウンジは高層階にあるために風も強いし大阪の中心地だけに高層ビルも多くて風の吹き方が複雑なのだろう。
 大粒の牡丹雪が天使の羽根のように舞っているといった感じだ。降り積む雪という感じではなくて多数の天使が舞っていて、その羽根が羽ばたく度に抜けているような。
「この聖夜(イブ)に相応しいですね。確か聖書ではキリストの生誕を知った東方の三博士がお祝いに来たとかでしたよね?」
 アメリカで生活歴のある最愛の人の(ほう)がキリスト教のことも詳しいだろうと――何しろ患者さんはアメリカでも富裕層が多かったと聞いているし、アメリカのお金持ちはキリスト教徒が圧倒的に多いと何かで読んだ覚えが有る――聞いてみると案の定楽しそうに頷いている。
「東方の三賢人とも呼ばれているな。新約聖書によると星に導かれて幼子(おさなご)のイエスと聖母マリアの居る場所に着いて神の子を拝んだ後に乳香と(もつ)(やく)と黄金をそれぞれが贈ったとされている」
 最愛の人は祐樹の顔とガラスの外を交互に見ながら説明してくれた。
「星に導かれたというのはロマンテックで良いですが、――そしてベツレヘムに雪が降るかどうかはとんと存じませんけれど――この天使の羽根が宙を舞っている方が更にロマンテックですよね。多分お年寄りの東方の博士よりも天使が祝福に来たと書いてある方が物語的にも盛り上がるのではないでしょうか?」
 無神論者の二人だが常識程度の知識は持ち合わせている。特に最愛の人は。
「天使の記述が頻繁(ひんぱん)に現れるのは旧約聖書だし、新約聖書ではヨハネの黙示録に『神の審判が下る時に七人の天使がラッパを吹く』程度しか書かれていなかったような気がする。あまり詳しくはないのだけれども」
 最愛の人が上着に包まれた若干華奢な肩を(すく)めている。
 先ほどの愛の交歓の余韻は首筋とか頬は薄紅色に染まっている点と気怠く甘い香りが肢体全体から漂っているように感じる点だ。ただ薄紅色はアルコールで酔った場合でも――最愛の人も祐樹もアルコール分解酵素が日本人にしては多いので顔には出ない体質だがそんなことは他人には分からない――そうなる人も居るし、気怠さなども普段の彼を良く知っている人しか分からないだろう。
 この場に仲の良いケンカ友達とでも言うべき森技官などが居た場合は即座に見抜くだろうが、不定愁訴外来の呉先生と森技官のカップルは何となくケンタッキーのデリバリーを頼んで家でクリスマスイブを過ごしているような気がする。聞いたわけではないのであくまでもイメージだが。森技官と呉先生は吉野〇で牛丼を食べるデートとかを普段していると聞いていた。二人とも「幼い頃に食べさせて貰えなかったから」という理由でジャンクフードが好きだと聞いている。厚労省のキャリア官僚様が「ジャンクフードは健康に悪い」という省の注意喚起を無視しているのも彼らしいけれど。
「そうなのですね。私は聖書を読んだこともないもので……。ただ、最後の審判はともかく、ガラスの外の雪は天使の羽根が舞っているようでとても綺麗です。何だか二人で過ごす聖夜(イブ)に神様が贈ってくれたか祝福して下さったようにも思います。ホワイトクリスマスになるという予報は出ていなかったので、なおさら奇跡的なモノを感じます。ああ、そろそろラウンジも閉まる時間ですね……。シャンパンをもう一杯頼みますか?」
 人の少ないラウンジだったけれども、ぽつぽつとクラブラウンジから出ていく人たちが居て、その人たちも都会が織りなす雪景色を眺めてから各々(おのおの)の客室に戻っていく。
「いや、それよりも水が欲しい」
 愛の交歓で散々喘いだからのか最愛の人は唇に薄紅色の笑みを浮かべている。
「客室に帰る前に喫煙所に寄って良いですか?」
 煙草を吸う積りはなかったけれども、そう誘ってみた。
「こんなに雪が舞っていて、四方八方から冷たい雪が吹き付けて来たのは初めてだ……。雪国に来たみたいだし……、それに祐樹との愛の行為で火照った身体を心地よく冷やしてくれる」
 バーや鉄板料理のお店などは低層階にあって、夏の間はイギリスの貴族の館の庭園を模した場所でカクテルなどを楽しむ趣向になっている。その片隅に灰皿が置かれていることは当然把握していた。
 ガラスの外をあんなにも楽し気に眺めていた最愛の人なら神様の贈り物みたいな雪を実際に体験してみたいだろうなと思って誘ったのだけれども、祐樹の想像以上に喜んでくれていてとても満足だ。
 部屋で魅せてくれた妖艶さも捨て難いけれども無邪気で無垢な笑みを浮かべている最愛の人を眺めると心が暖かくなる。
「祐樹、煙草は吸わないのか?」





--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村





小説(BL)ランキング

2ポチ有難うございました!!


















































腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村