「いえ、あの日は私と野上さんが――先ほど挨拶した家政婦ですが――キッチンで三時のお茶を嗜んでいる時に書斎で物が倒れるような大きな音がしまして駆け付けましたの。来客が居ないのも確認していますし、キッチンからは全て見える家の構造ですからこっそり呼んでも直ぐに分かります。家にはセキュリティ会社とも契約をして何か有ればアラームも鳴りますし……」
 これだけ大きなお屋敷なので、泥棒だか空き巣に入られるリスクは高いのだろう。それにニトログリセリンという「小道具」で乗り切らなければならない状況も有るらしいので――具体的にどう使っていたかは会社の従業員でなければ分からないだろうが――割と切羽詰まった状況だったのかも知れないしどうでも良い状況だったのかも。
「なるほど、こちらには火災警報器とスプリンクラーが付いていますね……」
 シャンデリアの中に隠しているものの、祐樹は火災報知器に対しては敏感なので直ぐに分かった。最愛の人と出来るだけ長く一緒に過ごしたいので煙草の量も減っているが研修医時代まではヘビースモーカーだった。
 ゲイバー「グレイス」のトイレでイラつく気持ちを宥めようと煙草を吸ったことも覚えている限り二回は有ったし。容姿的には好みの客と話していて、受け答えでムカっとしたせいで席を離れる口実にトイレを使った。
 店内は喫煙可だったけれども、一人になりたい時もある。そして天井付近にある火災報知器を気密性の高い濡らしたハンカチで覆って煙草を吸った。濡らした布ではなくても紙コップなどでも大丈夫らしいが、火事が墜落の原因にもなる飛行機などでは紙コップで火災報知器を覆っても煙は探知するらしい。以前読んだ記事だと新婚旅行に向かったカップルの女性が喫煙者であることをご主人に隠していて、我慢出来ずに飛行機の中で紙コップをあてがった上で煙草を吸って火災報知器が鳴ったらしい。ご主人は苦笑いしながら謝り倒したらしいが。
 医師もナースも喫煙者が多かったので感覚がマヒしているのかも知れないが、世間一般の「常識」では女性は煙草を吸わない(ほう)が良いとされているし、最近の婚活市場では女性から「喫煙者
ダメ」という条件を突き付けられるらしい。
 それはともかくこのお屋敷のセキュリティの高さは納得だ。先ほど出て来た金の延べ棒(インゴット)がこの屋敷に保存されているかどうかは分からないし興味もないけれども、この規模の大きさの家は格好の的にされるだろう。
 泥棒に入る積りは毛頭ないものの、常識で考えれば祐樹が学生時代から住んでいたマンションとは名ばかりのアパートとこの屋敷では置いてある物の値段が二桁(ふたけた)三桁(みけた)も異なることくらい誰だって分かるだろう。
「スプリンクラーは主要部分にしか設置しておりませんの。具体的には家族が使用するエリアですわね。火災報知器は全てのエリアに有りますが……。それはともかくとしてあの人が倒れていた時に駆けつけた私と野上さん以外の人間はこの家には居ませんでした」
 野上さんと聞いて、脳裏を(よぎ)った小さな疑問が再燃した。
「済みませんがお手洗いをお借りしても?」
 佳世さんが「扉を出て廊下の右手の三番目の部屋がそうです」と説明してくれている間に最愛の人に「一緒に来て欲しい」という意味のアイコンタクトを送った。割と良くする合図だったので微かに頷いてくれた。
「私もお借りして宜しいでしょうか……。奥様の美味しい紅茶を――察するところ、イギリス貴族に倣っただけでなくポリフェノール摂取も奥様のご賢明な目的の一つでしょうが――ついつい飲みすぎまして……」
 紅茶に含まれるポリフェノールはコレステロール値を下げる効果はないとされているけれども、最愛の人も勿論知っての上でそう言っているのだろう。そして紅茶には利尿作用が有ることは素人でも知っているハズで、二人して飲んだ紅茶の量からして席を立つ自然な理由にはなる。
「祐樹、どうしたのだ?」
 歩きながら天井を見上げていると訝しそうな声が小さく紡がれていた。
「野上さんが付けている指輪見ましたか?」
 廊下ではなくてトイレの扉の中に入ってからそう聞いた。ちなみにお屋敷に相応しく扉の内側には洗面台と鏡が置かれた小部屋が有って、その向こうの扉がどうやらトイレの個室らしい。
「いや、見ていないが……?」
 目を瞑って何かを記憶から探ろうとしている。最愛の人の記憶力はビデオカメラ並みなので、本人が見ていないと認識していても脳にはインプットされている情報も多いのも知っていた。
「ああ、あの指輪は確か長岡先生も付けていたと……。やっと思い出せた。何でもハリーウィンスト〇で買ったモノだとか言っていたな、長岡先生は……」
 ティファニ〇よりも高い指輪を何故一介の使用人である野上さんがつけているのだろうか?
「本物ですかね……?」
 たとえ本物であっても、昨今はメルカ〇とかヤフーオークショ〇とかで安く買えるという情報も有ったので、定価で購入したとは限らないが。
「見た感じは本物っぽかったが?祐樹が言いたいのは使用人としてそんな高価な指輪を付けているのはおかしいということだろうか……?ただ、佳世さんはその点は気付いていないようだが……?何故なのだろう?」
 長くしなやかな指が細い顎に当てられた。
「その点については後で説明します。それよりもマンションにも家事代行のスタッフが居ますよね?そういうサービスを頼めばいくらくらいの値段なのですか?」
 最愛の人は出来るだけ自分の手で家事をこなしたいらしいが、仕事柄そういうサービスも使用していたし、そもそもマンションのサービスの一つでかなり割高な分秘密は守られると聞いていた。





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