「え?」
 長楽寺佳世さんは唐突な質問に少女のような感じで目を見開いている。眉間の深い(しわ)さえなかったら、筋肉質っぽいスリムな体形と溌溂とした動作で実年齢よりも遥かに低く見積もられる印象なだけに、尚更(なおさら)そういう印象が強くなる。
 昨夜会った西ケ花桃子さんはいかにも世の中の男性が喜びそうな――祐樹は一切関心がないが――胸は大きくてウエストが細くお尻もそれなりに大きいというスタイルだったし、全体の雰囲気は「男に媚びて自我を保っている女性」といった感じだった。
 それとは真逆な人のような気がする。西ケ花さんが「(しな)びたババア」呼ばわりをしたのは故長楽寺氏からそう聞かされていたのか「正妻」という座にぬくぬくと座っていると西ケ花さんが思っていてその(ひが)みからかな?と思ってしまう。
 正妻として夫の事業の心配とか運転資金のこと、そして母としての苦労とか従業員に対する細やかな心遣い――これは実際にしていたかどうかはまだ分からないけれど――そういう「糟糠(そうこう)の妻」としての苦労は西ケ花さんには分からないだろうなとも思う。
 愛人気質(きしつ)というか「自分が幸せで楽しかったらそれで良い。他人なんて知らないし興味もないし」という考えで生きている西ケ花さんとは相容れない存在だろうなとも。
 佳世さんを実際に見ていないのは「あんな筋肉質のババア」とかいう表現が出て来なかったので確定だ。ただ遺産分割の集まりには彼女も出席するので顔を合わせることになるだろうが。
「いえ、ご存知かどうか分かりませんが、香川教授の手技を慕って所謂(いわゆる)富裕層の方々も国内外問わず入院なさるので、その主治医を務めさせていただいた関係上、そのご夫人ともお話をする機会に恵まれまして……。皆様色々なアクセサリーを付けてお見舞いにいらっしゃるので気になってしまって……」
 嘘は真実を混ぜた(ほう)がより効果的だということを祐樹も経験上学んでいた。「富裕層のアクセサリー」という点で頭の隅がチカッと光ったような気がした。
「はい。金属アレルギーも実は少しありまして……アクセサリーを付けた次の日に赤くなったり(かゆ)くなったりしました。けれど、理由はそれだけではなくてアクセサリー全般に興味が全くないのです。見せびらかす趣味もございませんし……。ですからТ島屋の外商の担当の方もウチには宝石を持ってはいらっしゃらないですわね……。でも何故そう思われたのですか?」
 少女めいた仕草で首を傾げている佳世さんに突っ込んだ質問をすることにした。
「結婚指輪もなさっていらっしゃらないので、酷いアレルギーなのかなと気になった次第です」
 佳世さんの表情がさっと(かげ)った上に眉間の皺が濃く刻まれた。そういう表情になると年相応の苦労の痕がまざまざと残った感じになった。
「……お恥ずかしい話なのですが……正直なところ、亡くなった主人には愛想を尽かしてしまっておりまして……あれは最初の浮気が露見した時だったと思います。主人のお友達には『お金が入った時にだけ派手に遊ぶ』と(おっしゃ)る方もたくさんいますが、主人の場合、会社が傾いてどうしようもない時に――私も泣く泣く借金の連帯保証人のハンコを押しました――クラブの女性の家に転がり込んで帰って来なかった時期がありまして……本人は嫌な現実から一時的に逃避したかったとか申しておりましたけれど……、主人が支払えなくなった場合、連帯保証人が借金返済の義務を負うのす。あんな莫大なお金の工面はどうしたら良いか頭を悩ませてろくろく夜も寝ていないのに、追い打ちをかけるように浮気が発覚して、あまりにも腹が立ったので結婚指輪は金槌(かなづち)で叩き潰して知り合いの(かた)に金の延べ棒の一部にして頂きました」
 ……指輪に八つ当たりをする気持ちも分からなくはない。浮気程度で――いや浮気も人間としてしてはいけない行為だろうが――指輪を叩き潰すなら愛人の西ケ花桃子さんと養子縁組をして一人息子の直哉さんの遺産の取り分が減るのを知ったらそれ以上のことはしそうな気がする。
「金の延べ棒に出来たということは純金か18金のみのシンプルな指輪だったのですか?」
 最愛の人は愛憎渦巻く――何だか昼ドラとか韓国のドラマのような感じの――人間関係がピンと来ないのだろう。 
 むしろ不思議そうな表情で祐樹が贈ったプラチナの指輪をはめた白く長い指を眺めている。あれも確かプラチナ900だか950とか店員さんが言っていたなと思い出す。
 ただ、祐樹最愛の人は「祐樹が贈った」モノを壊すようなことは絶対にしないというかそもそもそんな発想はないので不思議そうな表情を浮かべているのだろう。
 アメリカ時代に築いた莫大な資産はPB(プライベートバンク)とやらで運用して貰っているとだけ聞いていてその内訳(うちわけ)を確かめたことはなかった。ただ、金とかプラチナが装身具としてではなくて資産として持つ富裕層も多いことは知っている。だから最愛の人が金やプラチナの延べ棒などを買って持っていても全く驚かないけれども、祐樹が贈ったプラチナは資産ではなくて宝物扱いをしてくれているのでモノとしては同じでも格別の特別なので資産に混ぜたりはしないと断言出来る。
「純金でしたの……。ですから()()かして貰って金の延べ棒の一部になりました……。あら……(わたくし)としたことがこんなお恥ずかしいお話を香川教授と田中先生の前でしてしまうだなんて……」
 我に返った表情で頬を赤らめている様子も若々しい感じだった。
「ご主人は貴女のように『ヤブ』だと評判の太田医院以外に通院はなさっていなかったのですか?小学校からの同級生で今では家族ぐるみのお付き合いと太田夫人は仰っていらっしゃいましたけれど、お友達付き合いと医師として信頼するというのは全く別の話だと思うのですが……?」







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