最愛の人の淹れてくれるコーヒーは世界一だと思っているが、祐樹は断然コーヒー党なので紅茶はそれほど飲まないのを知っている最愛の人は家でも紅茶は淹れない。だから思わず言ってしまったのは本音だった。最愛の人も美味しそうに嗜んでいるし。
「お口に合って本当に良かったですわ……。実は(わたくし)家族性高脂血症でして……。それで是非とも香川教授にご相談したいことがありまして……」
 そう切り出した夫人に最愛の人が「知っています」と言ってしまわないかと危惧してしまう。嘘がつけない人なだけに。
「太田医院が掛かりつけ医だと仄聞致しておりますが?昨日太田医院に参りましてご夫人にお伺いしました」
 最愛の人が口を開かない間に急いで聞いてみた。
 佳世さんは若い女性のような華奢な肩を竦めて、眉間に(しわ)を寄せて複雑そうな笑みを浮かべている。
「亡くなった主人が懇意にしていた関係上、太田医院にも参っておりましたが……ここだけの話……、あそこのクリニックはヤブ医者だと私のお友達が異口同音に申しますので、京都市総合医療センターに通っています。亡くなった主人にも内緒にしていましたけれど……」
 最愛の人は何か言いたそうにしているが、祐樹の(ほう)で質問すべきだ。
「太田医院からも血液をサラサラにするお薬が処方されていると思いますが、二つの病院から貰ったお薬を同時服用するのはお勧め出来ないですね……」
 ヤブなのは事実だろうが、その程度の処方は研修医でも出来る類いのモノだ。佳世さんは悪戯っぽい笑みを浮かべている。贅肉(ぜいにく)などという――女性心理ではきっとそう思うだろうくらいは分かる――嫌な物は付いていないスリムな身体なので眉間の皺などを除けば若い女性のような感じの笑みだ。
「太田医院からのお薬は頂いても直ぐに捨てますの。京都市総合医療センターの先生が処方して下さっているお薬しか服用していませんわ。その程度の常識は(わきま)えています」
 最愛の人が薫り高い紅茶を一口飲んで安堵とも安心ともつかない吐息を零しているのは重複して薬を服用していない点が分かったからだろう。
「『京都市総合医療センター』の循環器内科だったら主治医は塚本先生ではありませんか?」
 最愛の人が口を開くと佳世さんは驚いたような表情を浮かべている。祐樹もその名前は初耳だったけれども、最愛の人の卓越した記憶力は良く知っているので、そういう医師がいるのだろう。心臓外科の医師ならば厚労省の研究会で……と思った時にあれ?と思い出した。発言せずに黙って聞いている温和な医師がそういうネームプレートを付けていたような……。
「流石は高名な香川教授ですわね……塚本先生をご存知なのですか?」
 身を乗り出すような感じで聞いて来る。
「はい。厚労省の研究会にも参加なさっている熱心な先生です。外科医の集まりなのに、Т大医学部出身のコネで参加されていますね。専門分野に特化した点は大学病院も総合医療センターも同じなのに熱心な先生だなと感心しておりました。あの先生ならば大丈夫だと思います……。しかし、セカンドオピニオンが必要だとお考えになられた場合には私が塚本先生に上手く伝えた上で紹介状をウチの病院の内田教授宛てに書いて貰いますが?」
 最愛の人ならそういうコトも出来るだろう。祐樹も内田教授だけなら頼めるが塚本先生とは話したことがない。佳世さんは心の底から嬉しそうに笑っている。
「今のところ月に一度の検査の数値も正常の範囲内なので大丈夫ですけれど不安を感じた時が来れば宜しくお願い致します。あの、お名刺を頂いても?」
 あまりにも家庭的なので名刺は渡しそびれていたのを思い出したのか最愛の人の白く長い指が魔法のように名刺入れを取り出して渡していた。多分、数値が正常値よりも高くなった時に相談の連絡を入れるためだろう。祐樹の名刺は多分要らないだろうなと遠慮したが。その名刺を押し頂くようにして受け取った佳世さんは満足そうな笑みを浮かべている。
「……本日こうしてお伺いいたしましたのは、その厚労省絡みの件でして。日本では検死制度が有りません。不審死や事件性の有るご遺体は当然調べますが、今回は試験的な試みとして……」
 初対面の人間と話す時には心理的な障壁があるモノだが、それは充分にクリアしたと判断して本題に入った。
「事件性の有る」と祐樹が言った時に眉間の皺が濃くなった。何か知っているのか後ろめたいことがあるのだろうか……。
「……ランダムに選ばれた(かた)、かつ亡くなられた病院に問題がある場合に調査しろとのことでして……ご協力をお願いしたいのですが」
 眉間の皺がますます濃く刻まれた。
「その代わりと申してはなんですけれど……内田教授の件はお任せください」
 恐らくバカラと思しき水差しを持って入ってきた野上さんが三人の前に冷えた水を置いている。その指を見て、あれ?と思った。何だか見覚えのある指輪が光っていたので。
 ちなみに資産家夫人でもある佳世さんは結婚指輪すら――祐樹の母のケースしか知らないが、母は婚約指輪こそ祐樹が紹介を兼ねて帰省した最愛の人に関係を認める証しとして贈ったが結婚指輪は祐樹の父が亡くなった後にもつけている――外していて、他のアクセサリー類も身に着けていない。お葬式のマナーでも結婚指輪程度は付けて良いと書いてあったような気がするので喪中だからというわけではないような……。
 既婚者が結婚指輪を敢えて外すのは男性に多いような気がする。長楽寺氏が亡くなる前から付けていなかったのだろうか?それとも亡くなったので(これ幸いに)と外したのだろうか?
「失礼かつ不躾(ぶしつけ)ですが、金属アレルギーですか?」
 変化球的な質問をした。






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