「初めまして。K大附属病院の香川と申します。夜分にお邪魔致しまして誠に申し訳ありません」
 門を開け放ったので、敷地内の様子がハッキリと分かる。邸宅と呼ぶのに相応しい洋館が同じ敷地に二軒も建っていて、植木屋さんを頻繁に入れているのだろう、イングリッシュガーデンだと思しき庭も物凄く綺麗だった。
 そして、表情には出していない自信はあるが、長楽寺佳世さんは58歳とは思えないほど体つきほっそりとしているし、薄く化粧した顔も実年齢よりも若々しい雰囲気だった。祐樹にそんな趣味(?)はないが「この人は何歳でしょう?」的なクイズが有ったら「四十代の後半……いや前半かも」と答えるだろう。
 ただ、眉間の(しわ)がくっきりと刻まれているのがこれまでの苦労を想起させる雰囲気だ。年齢と共に目尻(めじり)などに(しわ)は出来るけれども、眉間のモノは色々な悩みが有って常に眉を顰めていないと出来ない程度のことは知っている。
 最愛の人が祐樹の肘をそっと(つつ)いている。早く挨拶しろというニュアンスだ。
「……初めまして。同じくK大附属病院Aiセンター長の田中と申します。お会い出来て光栄です」
 何が光栄なのか祐樹自身も分かっていなかったが取り敢えず口から出た挨拶をした。
「有名、いえ高名なお二方にいらして頂いて。ご挨拶は家の中で改めまして……。狭いですが、どうぞお入りください」
 ……日本的な(へりくだ)った儀礼的な言葉かも知れないが「狭い」どころか、玄関までの通路には薔薇のアーチまで有る。森技官の恋人の呉先生の家も薔薇屋敷といった風情だが、広さも手入れの行き届いている点もこちらの屋敷の(ほう)が勝っている。まあ、別に勝敗を決めるようなことでもないが。
 玄関の扉も何だか最愛の人との第二の愛の巣とも言うべき大阪のホテルのような高級感が漂っている。多分何らかの木の一枚板だろう。
「ご立派なお住まいですね……。ちなみにもう一軒はどなたがお住まいになられているのですか?」
 佳世夫人が溌溂(はつらつ)とした足取りで先を歩いていたが、足を止めて悲しそうな表情を浮かべている。
「以前は一人息子の直哉が嫁の瑠璃子と住んでおりましたが……独立してしまいまして。今は空き家になっています」
 祐樹達が案内されている家、いや邸宅よりはやや小ぶりだけれども、それは単純な比較の問題で。実際のところ祐樹の実家が三軒は建ちそうな広さだった。それに見た感じ全然荒れていないので使用人の野上さんとかが定期的に空気の入れ替えとか掃除をしているに違いない。
 ただ、祐樹的にはあんな立派な家をただ単に放置しておくのは勿体ないなと思ってしまう。根っからの庶民育ちだからそんな感想なのかも知れないけれども。
「いらっしゃいませ。香川様、田中様」

 佳世さんが玄関を開けるとメイド服をキチンと着こなした女性が頭を下げている。メイド服といっても、同じ医局の久米先生が大好き――というか一度行ってみたい!とか騒いでいたメイド喫茶のスタッフが着るようなスカートが異様に短かったり胸の一部が見えたりするようにデザインされたモノではなくて、たまたま観た映画でイギリス貴族の屋敷に居た女性の使用人が着用していたような服だ。ただ、野上里香さんは47歳だと森技官がくれた資料に書いてあったけれども、遥かに若い印象だった。
 それに「使用人」とか「家政婦」―-まあ、昔流行った「家政婦のミタ」だかのドラマでは美人女優が演じていたが――という野暮ったさは皆無で、どちらかと言うと柔らかな感じのかなりの美人だったし、40代後半にはとても見えない。久米先生の好きな「メイド服」を着せても何も問題のないスタイルの持ち主だった。
 このお屋敷では靴のまま入る西洋式の文化を採用しているらしい。広々とした廊下にはマイセンと思しき大きな(つぼ)が置いてあったり、第二の愛の巣のホテルの通路に置いてもおかしくないような大きな花瓶にふんだんに生花が活けられたりしている。
 資産家だとは聞いていたがこれほどとは思わなかった。病院の患者さんにも一部上場企業の会社の社長だとかオーナーなどが居たし祐樹もそういう人の主治医を務めたことも度々あった。あったけれども最愛の人のアメリカ時代のように執刀のお礼にと所有している豪華な船でのディナーなどに呼ばれたことはない。
 病院内では「やや気難しいだけの患者さん」といった感じだったし、彼らの家に呼ばれたこともない。ただ最愛の人はこういう豪奢な雰囲気にアメリカ時代に慣れたのだろうか怜悧で端整な表情に儀礼的な笑みを浮かべて廊下を歩んでいたが。
「こちらでお話をお伺いいたします」
 案内されたのは応接室だろうが、斎藤病院長の個室よりも遥かに大きな部屋だった。それに祐樹の知っている応接室には長いテーブルとか10脚の椅子は並んでいない。そして毛足の長い絨毯は多分ペルシャ産だろう。
「では失礼いたします」
 祐樹よりもお金持ちの暮らしに馴染んでいた過去を持つ最愛の人は動じる様子もなく案内された上座に優雅かつ軽やかに腰を下ろしている。その隣に祐樹が座るや否や野上さんが紅茶のポットとティカップなどの一式とマカロンを載せた銀のトレーを持ってしずしずといった感じで入って来た。
 以前観た映画でもイギリスの上流夫人はご自分の手で紅茶をサーブするのがマナーというか「しきたり」だとクイーンズイングリッシュで言っていた覚えが有るが、長楽寺邸でも同じなのだろう。
 慣れた手つきで紅茶を注いで「冷めないうちに召し上がって下さい」と夫人に言われて多分ウエッジウッ〇だと思しきカップだが、金箔でイギリスの聖獣と思しきものが(かたど)られている代物だった。祐樹的には銀だの金だのを使った食器などは手入れが面倒だろうな……とか、高そうな食器は割れたらショックだろうな……とは思うが、それは庶民の視点なのかも知れない。うっかり落として割ってしまわないように細心の注意で持ち上げて一口飲んだ。
 西ケ花さんの家では警察庁の人間という触れ込みだったし、彼女自身も何だか危ない雰囲気を醸し出していたので飲み物は断った。
 しかし夫人自らが紅茶を淹れて下さったのに飲まないと失礼な気がしたのも事実だし、毒物や薬物を盛られる心配はなさそうだと判断したので。茶葉が良いのか、それとも淹れ方にコツがあるのか馥郁たる香りのする紅茶の味も素晴らしかった。「このように美味しい紅茶を飲んだのは生まれて初めてです」







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