「浜田教授、我儘を申し上げて宜しいでしょうか?
一応、私も心臓外科医の端くれですし……」
浜田教授はいかにも子供に好かれそうな優しい笑みを浮かべている。
「端くれだなんてとんでもない。将来を嘱望されている優秀な外科医だと病院内、いや教授会でも有名ですよ。
それはそうと我儘とは?」
祐樹の焦った表情を読んだのか、浜田教授は外科医のような端的な言葉だけを選んでいるといった感じだった。その誠実な性格ではナースの言葉にまで耳を傾けるだろうと思った。しかし実はそういう教授は病院内で少数派だ。
祐樹最愛の人も直訴されれば絶対に聞くだろうが、祐樹が「香川教授の懐刀」の異名を奉られているので彼女達はまずこちらに相談に来るのが常だった。他の教授はナースの顔と名前が一致しないこともザラにあると聞いている。それどころかナースに対して「嫌なら辞めろ!代わりは幾らでもいる!!」と言い放った教授が院内倫理委員会に呼ばれたという実しやかなウワサまであった。ただウワサは真偽不明だったり尾ひれ背びれは当たり前で翼まで生えるモノだったりするので実際のところは倫理委員会員にしか分からないが。
「外科医にとって目はとても大切なのです。
小児科のイベントに協力することについてはやぶさかではないのですが……。そして山田看護師の腕に問題があるわけでもないのですけれど、アイライナーとやらを此処に当てて目がどうにかなったらと思うと……。最悪、外科医生命まで絶たれてしまいます。
妥協案として私が知る限り最も信頼出来る方にお任せしたいのです」
此処と言いながら描かれた方の目の縁を見せて、尖った鉛筆のようなアイライナーを指で示した。山田という名前は祐樹の目を存亡の危機に追いやった――と勝手に思っている――ナースの名前だ。
浜田教授も具体的な化粧の方法は多分知らないと思ったので。
「これは確かに怖そうですね。それに田中先生の目に万が一のことが有ったら、それこそ命と引き換えにお詫びをしないといけないと考えます。
我儘などではありませんよ。そもそもこちらの配慮不足でした……。これほどまでにリスクを伴うものだと事前に把握していればと忸怩たる思いです。それで、どなたをご希望ですか?」
祐樹も女性のメイクを詳しく知らなかったし、心臓外科でイベントをすると仮定したとしてもそんな細部のことまで把握しきれないだろうな……とは思う。
「僭越は承知の上で申し上げます。私の上司の香川教授にお願いしたいのですけれど……。
私からでは畏れ多すぎて……。浜田教授からご連絡頂けると幸いです……」
気さくな人柄という評判と祐樹の判断を信じて言ってみた。断られるかも知れないなと思っていたら、あっさりと頷いて下さったので却って拍子抜けがしたくらいだった。
「香川教授も『私に出来ることが有れば何でも致しますのでお気軽に仰ってください』とわざわざ挨拶に参られました。直ぐに連絡してみます。病院内にまだいらっしゃればいいのですが……。君たちは取り敢えずお化粧を中断してください」
そう言い残すと慌ただしく部屋を出ていった。
「男性からするとそんなに怖いものなんですね……。
気が付かなくて本当に申し訳ないです。私達は出勤前のルーティンでごくごく自然にしていたので……」
ごくごく自然にあんなことが出来る女性とは痛みの概念も異なるのかも知れない。学部生の時の朧な記憶では出産時の痛みを男性が体験した場合十中八九気絶するレベルだそうだ。
産婦人科とは全く縁がない祐樹でも妊婦さんが気絶することもなく耐えに耐えて赤ん坊を分娩することくらいは知っている。
「香川教授は直ぐにこちらにいらっしゃるとのことです」
浜田教授が戻って来てその言葉を聞いた瞬間に、どっと肩の荷が下りた思いがした。
メイクのことは祐樹以上に知らないと思しき最愛の人だが、何とかなるだろうと。
「浜田教授、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
涎掛け状のものを身に着けているのが少し間抜けだと自覚はしていたが、それでも教授職には礼を尽くしておいた方が良いだろうから。
「いえ、当然のことを致しただけですのでお気になさらないでください。
香川教授は勿論のこと内田教授にもご助力を頂けて本当に感謝致しております。
ご多忙な田中先生のことなので、これからのスケジュールを先にお伝えしておきます。
別室で有志一同がアニメのキャラクターとか呪霊に扮していまして……。予行演習を兼ねて無菌室に入っている患者様にもエールを送って喜んでもらいたいのです。
もちろん、ガラス越しですが。その後、病室から一歩も出られない患者様にも同様にして頂いて……。後は広間で『領域展開・無量空処』と『大丈夫、僕最強だから』の件のリハーサルをして頂きます」
立て板に水といった感じで説明する浜田教授は物凄く楽しそうだった。趣味の一環というわけでもなくて、心の底から患者様のことを思っていることが伝わってきた。
ナース達のざわめきが一層高まった。多分待ち望んでいた最愛の人が駆け付けてくれたのだろう。
今の祐樹にとってまさに救いの神の降臨……と言いたいところだが、一つだけ懸念事項が有った。
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ハロウィンは確か10月31日……。長い間お付き合いくださっている読者様は(またか)と思われたと……。長引くのが私のデフォルトとはいえ、もう少しお付き合いくだされば幸いです。
こうやま みか拝
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