「あ、田中先生お待ちいたしておりました。ハロウィン実行委員会会長を務めさせて頂いている中山と申します」
きびきびとした足取りで近づいて来たナースに呼び止められた。ネームプレートには師長と書いてあった。
「中山師長どうか宜しくお願い致します。心臓外科の田中です。一応、浜田教授の説明はお聞き致していますし、練習もして参りましたが……、至らぬ点が有りましたらご指摘を宜しくお願い致します」
「あの、支払わないとダメですか?」と聞きたいのをグッと我慢する。最愛の人とのデートならそれだけの金額を支払っても全く惜しくない。プレゼントも同様だが、祐樹は単に演じるだけのボランティアの積りだったし、素人とはいえ役者なのだから出演料を貰いたいくらいだったので。
ただ、病院でもかなりのお給料を貰っているという自覚もある。Aiセンター長の役職手当とか超過勤務手当とかで。だからあまりケチなことは聞きづらい。
「こちらこそ宜しくお願いします。田中先生はこちらにいらして下さい。ご案内致します」
「やだ、ピッタリ」とか「田中先生がウチの科に」などとはしゃいだ小声が聞こえる。
小児科の業務はどうなっているのだろう?と思ったが、良く考えなくても今は患者さんの食事の時間で配膳係が忙しいだけなのかと思う。
小児科は子供たちの精神面も考慮したに違いない、幼稚園のような彩りに溢れていた。
先ほどまでは機能性に特化した心臓外科に居たので何だか別世界に迷い込んだ気がする。
「病棟の入り口は凄い人でしたね?いつもこうではないのでしょう?」
中山師長は我が意を得たりという雰囲気の笑みを浮かべていた。
「内田教授が効果的かつセンセーショナルな宣伝をして下さったお蔭です。毎年は小児科の先生がメインの囚人服とか吸血鬼に扮したり技師が大きなカボチャを被ったりして病棟を回ってお菓子を配っていました。
ただ、長年ベッドに居る患者様もいらして『つまらない』とか『毎年同じ』との要望を浜田教授が汲んで下さって特別なイベントにしようとアンケートを取ったのです。
気さくな教授として患者様もその保護者様にも大変ご好評な方で……あ、勿論国内外から患者様が続々と手技を慕って押し寄せる香川教授は別格ですけれど」
フォローの積りかそう付け加えてくれた彼女は祐樹の全身を品定めするように立ち止まって眺めている。
小児科と心臓外科では患者様の求めるモノが違うことも承知の上だし、浜田教授の為人は祐樹も好ましく思っていたので別にフォローしてもらわなくても大丈夫だったのだが。
「いえいえ、浜田教授の患者様に対する心遣いは凄いですよね。
で、あの入り口の人だかりは一体……」
そちらの方はまだ聞いていなかった。
「内田教授のお蔭もあって、お金を払ってでも参加したいという先生達が各科から押し寄せまして、有難いことです。経費として認められない物もありますでしょう?それに事務局の締め付けは厳しくなるばかりで……」
先ほどの笑顔が凋むような溜め息だった。祐樹も「何でこれが経費と認められない!」とか「慰安旅行の補助金は!?」とか腹立たしく思っていたので思いっきり首肯したい気持ちだった。
「それは同感です。しかし、5万円の参加費を払ってまで参加する先生方や技師達があんなにいらっしゃるのですか……?」
お金の掛け方は人によっては様々だし、そのことに対して何も言う積りはない。ただ、コスプレをして五万円も取られるのは祐樹的にはかなり痛いような気がするのだが。
「浜田教授に直接申し込まれた先生達、後は内田教授からのリストに名前の載っている先生や技師の方からは徴収しないことになっています」
祐樹は免除対象決定だ。ただ、趣味にバカほどお金を遣っていた――今はアクアマリン姫こと脳外科の新人ナースの岡田さんに厳しく止められていると聞いてはいる――久米先生はともかく、しっかり者の奥さんの尻に敷かれている柏木先生はお小遣い制だとか言っていた。確か奥さんはボーナスでシャネルのバックを買ったとか言っていたが、物として残るバッグとは異なってコスプレなどというモノに5万の出費を許すだろうかと、祐樹自身の心配はなくなった今は現金にも慮ってしまう。
「あのう、ウチの科の柏木先生と久米先生も参加希望していたと思うのですが、リストに載っていますか?」
あれだけの人数で小児科病棟を回っていいのだろうか?とも思いながら聞いてみた。
「ご心配なく。全面協力をいち早く仰って下さった香川外科所属の皆さまからはお金は取らないようにと浜田教授が申しておりました。それに内田内科も同様です。
ただ、田中先生もある程度はご存知でしょうが、毎年使いまわしが出来る吸血鬼とか囚人の服とは異なって今年きりですし、しかも人間ではなくて呪霊のコスプレとかで――ああ、香川外科の柏木先生がお知り合いの特殊メイクのプロまで紹介して下さって本当に有難うございます――色々コストが掛かりますし、アニメは旬のモノが目まぐるしく変わりますので……一回きりなのです。原価は内田教授が試算して下さってその上に必要なお金を乗せたモノを人数で割ったのですが、あんなにも集まって下さったので大黒字になりそうです」
確かに去年の今頃は鬼退治のアニメの映画版が歴代興行収益だかを塗り替えそうだとか、抜いたとかいう報道がニュースにもなっていた。その後どうなったのか祐樹も知らない。アニメはまだ続いているのかとか、漫画本が何巻まで出ているとかを。そう考えると一年キリというのも尤もな話だった。
そういえば最愛の人の執務室に寄った時に何か言っていたような気がする。他の話とかあの短時間でアニメを観たことなどに気を取られ過ぎていて話題が逸れてスルーしてしまった何かを。
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