「どうぞ。入ってください」

 最愛の人の怜悧かつ落ち着いた声が返ってきた。思わず内心でガッツボーズをしてしまうがまだここは教授執務階の廊下だ。誰に会うか分かったものではないので、若干神妙そうな表情を繕ったまま扉を開けた。

「祐樹、とても評判になっているな……。あと、アニメ観てしまった……。結構面白かった」

 細く長い指で応接用のソファーへと促しながら祐樹に向かって花の綻ぶような笑みを浮かべている。

 アニメを観た……?朝はいつも通りに過ごして二人で出勤した。その後最愛の人は執刀医、祐樹は最近では稀なことだったが第一助手を務めた。白河教授と桜木先生の手術を優先させるようにというのが病院長命令だった。何しろ「夏の事件」で失墜した脳外科の権威が爆上がりするかも知れない好機だ。白河・桜木チームが悪性脳腫瘍の外科的アプローチを確立すれば病院全体の国内外問わずの快挙だ。病院には患者さんも押し寄せてくることも容易に想像出来る。

 心臓外科の他にも病院の看板が出来ることは病院長もいけ好かない事務局長も諸手を挙げて賛成している。斎藤病院長はT大病院の鼻を明かすためとか、次期学長選で法学部長に更に差を付ける目論見だろう。事務局長はもちろん病院経営の黒字化という観点から。

 その点は祐樹も納得しているので、今の時点では手術室を譲る気でいた。それまでは脳外科の狂気の研修医のせいで香川外科に迷惑を掛けた(つぐな)いも兼ねて、元々は脳外科が使うハズだった手術室を融通してくれていたのだから。

 手術の後は主治医を務めている患者さん巡りをしてから内田教授の執務室に行った。

 最愛の人はその時間は空いていたが――もしかしたら、黒木准教授とか長岡先生などと打ち合わせなどが有ったかも知れない――時間にすると一時間に満たないし、昼食の時間も45分ほどだろう。そんな短時間の内にどうやって観ることが出来たのだろうか?

「アニメをご覧になられたのですか?全部ですか……?」

 DVDは自宅のマンションに置いてきている。

「検索したらアニメを配信しているサイトが多々有って、五倍速で観ることが出来る機能が付いていたので、観てしまった……。ただ最後までは視聴していないが、時間がなくて……」 

 最愛の人が申し訳なさそうな表情で祐樹が渡した紙袋を大切そうに持っている。

 申し訳ないと思っているのかも知れないが、五倍速で鑑賞出来る(ほう)が凄いと思う。

「そうですか……次の休みにでも寛ぎながら二人で見ようと思っていたのですが。

 でも五倍速は流石(さすが)というか、貴方らしいというか……。素直に感心してしまいました」

 コーヒーを淹れてくれている最愛の人が眉を下げて祐樹のへと振り返った。

「そうだったのか?それは済まない……ただ、話は面白いので休みの日に一緒にもう一回観よう」

 反省するほどのことはないと思うのだが、最愛の人は違うらしい。祐樹もYouTub〇を二倍速で見ることは良くある。せっかちな性格のせいもあるし、話し手さん、いやユーチューバーさんと呼ぶのだろうか?そこまでは詳しくないけれども話し方が割とゆっくり話している。何だか時間が勿体ないと思ってしまってつい二倍速を選んでしまうが、YouTub〇は二倍速までしか選べなかったような気がする。

 その2,5倍でも内容も全て頭に入ってしまう最愛の人の頭脳は処理速度が格段に異なるのだろう。

 外科医としても素直に尊敬出来る人だし、記憶力の良さも凄いのは知っていたが、改めて明敏な頭脳に感心してしまった。

「とても評判になっているとは、具体的に?

 あ、運営の件は貴方のアドバイス通りに内田教授に言ってみたら快諾して貰えました。これで与えられた役割をこなすだけで済みます。本当に有難うございました」

 ソファーに座ったまま頭を下げた。

「与えられた役割……」

 最愛の人の唇は花弁(はなびら)が多数風に舞っているような雰囲気の笑みを浮かべている。

「祐樹はあの役にピッタリだと思う。あんなに『強者感』と『無敵感』を出せるような人は病院中どこを探してもいないので……」

 そういえば「大丈夫、僕最強だから」というセリフを練習させられたな……と思う。あんなに熱くなっている内田教授や主催者の浜田教授とは異なって、祐樹としてはイベントが無事に終わればそれで良いと思っている。

「そうですか……。ただ、特にあの宝石よりも綺麗な青い目をどう再現するのか気になっています。白い髪は(かつら)だかウィッグだかを被れば大丈夫だと思うのですが……。

 ちなみに、日本人ですか……?」

 時間を気にしつつ薫り高いコーヒーのコクのある苦さを舌で堪能しつつ聞いてみた。

 向かいに座った最愛の人はコーヒーの湯気を薄紅色の唇に当てながら楽しそうに小さく笑っている。

「あの目は本当に綺麗だった……。再現出来るかどうかは小児科のナース達の技術力とか熱意に掛かってくるだろうな……。

 ただ、祐樹……(かつら)とウイッグは似ているし使用法も同じだが、用語の使い方は異なっている。前者は毛髪が寂しくなって、その露出した頭皮を隠すために被るもので、後者は豊かな自毛がありながらも、その日の気分で茶色にしたり、髪の長さを変えたりしたい人が使うものだ……。

 ナース達の前ではともかく、頭髪の寂しい人の前で安易に(かつら)と言わない(ほう)が良いだろうと個人的には思うのだが……」

 コーヒーを飲みながらそう告げてくれた。

 祐樹もそういう用法の違いがあったのかと初めて知った。将来は分からないが、今の時点で最愛の人も祐樹も人並みの毛髪量は保っている。そんな祐樹が「知らずに」鬘を連呼したら、ギクリとして頭に手をやる医師とか、ズラを被るまでもないくせに!とか思われてしまいそうだ。

「気を付けます。それはそうと、アニメをご覧になったのですよね?一つリクエストがあるのですが……」

 今が絶好のチャンスかも知れないと思って言ってみることにした。



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