「あれはオペラの話です。篠原さんは商社勤務が長かったので、ヨーロッパの名だたる劇場にも何度も足を運んだとかで大のオペラ通になったらしくて。
 それで『田中先生はどのオペラが好きですか?』と聞かれたので『見てくれだけのバカ娘です。曲が好きで、愛していると言っても良い』と答えました」
 え?と思った。今度は自分こそ鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべているに違いない。
「……もしかしなくとも、断片だけお聞きになって、それで誤解なさったのですね?」
 篠原さんと雑談などはしない、というか出来ないので彼がオペラ通なのも初耳だった。そういえば、モーツアルトにそんな題名のオペラ曲が有ったような気がする。
 どっと、身体から力が抜けていく。出来れば椅子から腰をずらしたいくらいに。そういうだらしのない恰好はしたことがなかったけれど。自分の手技を頼って来てくれる患者さんは国内外に存在して、比較的裕福な方が多い。祐樹は元々オペラに興味も関心もなかったらしいが、患者さんと話す必要性を感じて夜勤の合間に聴いているという話は知っていた。
「……オペラの話だったのか……。てっきり祐樹が『見てくれだけのバカが好き』なのだと思って切ないほど悩んでいた……。
 祐樹、コーヒーを淹れる……な」
 立ち上がって祐樹の前まで行くと白衣の上から腕を掴まれた。
「私は貴方のことを死ぬほど愛しているというのに、そして言葉でも行動でも充分示していた積りでしたが……まだ足りないようですね」
 強く抱きしめられて唇を重ねられた。祐樹の舌が唇を濡らしてくれたので誘うように先端を舐めた。
 深まる口づけに心の底から安堵して、心も体も祐樹に委ねていく気持ち良さに浸ってしまう。祐樹の身体からは清らかな消毒薬の香りが漂ってくる。
 口づけを交わしながら祐樹が壁に掛かった時計にチラリと視線を向けてから「そこに座って下さい」と応接セットの椅子を長い指で示した。
「土下座でなくて良いのか……?」
 祐樹のことを信じ切れていなかった自分を恥じながら聞いてみた。
「愛する貴方にそういう行為は求めていません……。とにかく座って下さい」
 コーヒーを淹れるのは中止して指示されていた場所に腰を下ろした。
 すると祐樹は膝の上に頭を乗せて膝枕状態になる。ただ、ソファーがそんなに広くはないので、足ははみ出ていたが。
 そして、頭の重さも全部乗せるのではなくて僅かに浮いているのが祐樹の優しさだろう。せめてものつぐないにサラリとした前髪を梳いた。
……まぁ、早い段階で直接聞いて下さったのは大進歩ですね、貴方としては、ですが……」
 指先から零れていく髪の毛の感触とか膝の上の心地よい重さを受け止めながら祐樹と視線を合わせている。
「実は長岡先生と呉先生に相談した……。相談しなければ、祐樹が家に帰ってくる二日後まではずっと悩み続けていたと思う。
 祐樹のことは愛しているし、信じてもいる。いるけれども、やはり不安で……」
 祐樹の目が優しさに溢れた光を宿していて、見つめ合っているだけで幸せだった。
「あの二人なら大丈夫でしょう。
 ちなみに二人にはどうアドバイスされたのですか?」
 祐樹の前髪を梳きながら多幸感で眩暈めまいがしそうだったのだが。
長岡先生に『教授は人類を二つにくっきりと分けて考えている』と言われた」
 男らしく整った眉を僅かに寄せた祐樹は「どういう意味です?」と呟いた。
「つまり、私の頭の中で、人類には二種類居て、祐樹とそれ以外とにくっきりハッキリ分けて考えていると言われたな」
 祐樹は快活かつ優しそうな声で笑っている。
「彼女からそう見えるのでしたら、そうなのでしょうね。特別な一人に選ばれて光栄です。生涯、いえ命が無くなってもその地位を誰にも譲る気はないです」
 可笑しそうに笑う祐樹の顔を見ているだけで幸福な気分になった。そして告げられた言葉にも。
「その話をしてくれたくらいで……後は、内田教授の医局員の鈴木先生が彼女を呼びに来て結論は『大丈夫です』で話は終わった」
 祐樹は思い当たったという感じの表情を浮かべている。相変わらず唇は笑みを浮かべていたが。
「鈴木先生とは少し話しました。彼も内田教授の信奉者みたいな感じでしたね。ちなみにウチの大学出身者なので、色々な伝手つては有りそうです。まあ、今回の話には関係ないのでそれは居ておくとして……」
 話の先を促している眼差しが太陽のように輝いていた。
「呉先生に長岡先生の先ほどの話をしたら大爆笑されてしまった……。
 その後、断片的にしか話を聞いていないのではないかという点と、即座に祐樹と話すべきだと言われたな……。
 アドバイスに従って本当に良かったと思う……呉先生の判断が当たっていたし、不定愁訴外来に黒木准教授からの電話が有った時に『田中先生を執務室に呼び出せ』とちょうど向かっていたPCの画面上で指示された」
 祐樹が成る程といった感じで頷いている。
「黒木准教授も何だか不思議そうな感じで私に指示を出していたので少し不審感を抱いたのですが……、私はてっきり執務室で逢瀬かと期待して来ましたけれど……。患者さんとの世間話なんて、その患者さんが退院するまでは覚えていますけれど、それ以降は脳から消去してしまいます。
 その程度の――と言うとせっかく悩んで下さった貴方には失礼ですが――問題で呼び出されるとは思いも寄らなかったです。
 ただ、これだけは約束して下さい」
 祐樹は膝の上から頭を離して座り直した。睫毛が触れ合うほどの近さで見つめ合った。
 真摯な瞳の光も太陽を彷彿とさせて、その眩しさに魅せられてしまう。





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