「そうなのですか?是非教えてください」
自分の場合は、恋愛対象が同性というだけでトランスジェンダーではないと自己分析している。女装をしたいなど一切思ったことはない。
「そういうパーティにいらっしゃる方はいわゆる富裕層ですよね。IT企業の創設者といった新興の方もちらほら混じっています。岩松のように明治時代からずっと招かれているような、いわゆる居着きと呼ばれる人もたくさんいらっしゃいますけれど……」
婚約者の岩松氏は代々日本一有名な私立病院を経営している一族なので、そうだろうなとは思う。そして長岡先生の口調も患者さんの容態を説明する時と同じ感じで、つまり奢ったところが微塵もない。
祐樹が心の底から驚いていた4,000万円ほどのバックは――ゴミ袋に入れていたのはいただけないものの――彼女にとってごくごく自然なお出かけ用のバックなのだろう。
そういう彼女だからこそ、富裕層が集まるパーティも「日常」の延長線上に位置しているに違いない。
「入れ替わりも激しそうですからね……。教科書や雑誌で読んだだけの浅い知識ですが、バブル期では土地成金と呼ばれていた人達はバブルが弾けて数億とか数十億の規模の借金だけが残ったということは知っています。
そういう人は居着きとは呼ばれないのでしょうね……」
ちなみに自分の自宅にも招待状は送られて来る。ただ、そんな場所に行って見知らぬ人と過ごすよりも、祐樹と一緒に家で一緒に食事を摂ったりリビングで隣り合って座って頭を撫でられながらテレビや録画した映画を観たりする時間の方が貴重なので全て断っている。
「そうですわね……。男性に2パターン有ると申し上げましたでしょ?
パートナーはあくまで対等な知識レベルを求める人と――こちらの方が少数派のような感触を受けました。詳しく伺ったわけではないので、あくまで私のイメージですが――例えばオペラ歌手、といっても本場で修業したものの、ちっとも有名にならずに帰国した女性とかのような殿方とは全く異なる分野には精通しているものの、他のことは全く知らないとか、賢くないという女性を好む人も多いですわね。
ただ、その傾向は居着きではない人に多いような気が致します。
IT企業とか怪しげな通信販売ビジネスで成功なさった方などは決して高学歴ではない方も混ざっていまして……それがコンプレックスになっているような感じですわね。
ですから学歴の低めな女性をパートナーに選ぶ傾向が強いように感じました」
学歴コンプレックス――ではないような気がする、祐樹の場合は。
何しろ同じ大学卒なので劣等感が芽生えようもない。
出会って最初の頃は――自分にとっては再会だった――怒ったような雰囲気を纏っていた時も有ったが、あれは研修医と教授職という立場の違いのせいだった。
その誤解というかお互いの生い立ちなどを話したり、なかなか言えなかった自分の気持ちを吐露したりした後は全くそういう気配がなくなった。
「学歴コンプレックス以外に……男性が優位に立ちたいと思うことは有るのでしょうか?」
長岡先生は綺麗な目を不思議そうな感じで瞬かせている。
そういう話は――祐樹が一緒に居てくれる時などは世間話もするが――二人きりでは短い会話しかしないし、本題が済むとあっさり話を終えることの方が多かったのだから
「ああ、パーティでの話ではなくて、教授が紹介してくださった、京都で今一番美味しいというカウンター割烹のお店に二人で参りました時に、奥さんではない人を岩松の知り合いが連れて参りましてね。
まあ、男同士の暗黙の了解みたいな感じで苦笑いを交わしていたら、席がお隣でしたの」
そのカウンター割烹は祐樹もお気に入りの店で割と良く足を運んでいて、元は有名な料亭で板前を務めた主人とその妻の二人で経営している。味の落ちるのを防ぐために店の規模を大きくする気もないと以前聞いた覚えがある。
味は文句なしに美味だったが、店内は狭いし、予約の電話を入れても希望の日時は塞がっていることもある。
「あそこのお店ではそういうことも有るかもしれませんね……。ご不快ではなかったのですか?」
多分、その男性の奥さんを長岡先生は知っているハズで、その男性が他の女性と共に予約の取れない店に来て会ってしまったら何かしら思うことがあるような気がする。
「そんなこといちいち気にしていたら、あんなパーティにとても出られませんわ。
私も幸いなことに香川教授に誘って頂いて、この病院に参りましたでしょ?
東京に居るとそういうパーティには出ないといけないのですけれど……。『あの香川教授の元で内科医として働いている』ということで面子は保てますし、体のいい断り文句にもなります」
長岡先生が頭を下げてくれた。個室を出る時には黒いゴムで縛っている髪がさらりと動く。髪の質が良いのか、マメにケアしているのかシャンプーのCMに出ている女優さんのような髪が綺麗な光を放っている。
「いえ、優秀な内科医ですから。内科の内田教授からも教授会の度ごとに『長岡先生をウチにスカウトしたい』と言われています。仕事さえ完璧であれば、それで良いと考えていますので」
あとは、冗談の言えない自分が祐樹と話す時、祐樹の屈託のない笑った表情とか声も大好きなので、ついつい長岡先生の珍エピソードを話しているというのは流石に口には出せない。
「有難うございます。そう言って頂けて光栄です。
奥様の前では控えめな印象しかなかったのですが、その女性には『鱧にそんな梅肉を付けたらダメだよ』とか、『こんなに新鮮な鯛のお造りなのに、山葵を醤油に粘度が出るまで溶かすのは止めなさい。こういう魚は何も付けなくても美味しいのだから、山葵も醤油も少しだけ付けなさい、それも目立たない場所に』とかいろいろとアドバイスというかレクチャーをしていました。
女性も、内心は分かりませんが……綺麗な笑みを浮かべて素直に聞いていました」
教えるのが好きな男性もいるのか……と新しい知識を得た。
祐樹の場合はどうだろう……?
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