「教授はご自分のことに対して決断は素早くて的確ですが、田中先生が絡むとお一人で悩んで解決しようという傾向に有りますよね……。悩んでご自分を追い込むよりも、田中先生に直接聞いた方が建設的です。帰宅は無理でも病院内でも良いではないですか?

 田中先生も少しくらい時間、取れますよね?私の個人的感触からしてそんな深刻な問題にはならないような気がします。

 同居人なんて……、新宿二丁目に詳しいということで……とある大臣の案内役(ガイド)というか接待して、良い感じにカップルになった某大臣をお見送りした後――まあ、バレれば物凄いスキャンダルになりますので某大臣は同居人に頭が上がらないハズなのは良いのですけど――声を掛けられた人間がタイプだったようで、一緒に一杯呑んだ後にラインを交換してやり取りしていたのですよ!!

 もうアイツ信じられないと思って」

 新宿二丁目は確か自分のような性的嗜好を持った人間が集まる場所だと聞いている。実際に行ったことはないし興味も皆無だが、森技官が詳しいというのも知っていた。 

 厚労省のナンバー2だった人に何故か「そういう」厚意を持たれてしまって料亭で唇を奪われた覚えがある。その後必死に逃げたものの、祐樹に申し訳ない気持ちでいっぱいだったし別れを覚悟した。

 呉先生の言う「自分を追い込む」性格なのも分かっている。

「ラインの交換って何故分かったのですか?」

 呉先生には絶対に言えないことだけれども、祐樹が幹事を務めた医局の慰安旅行の宴会の日時と旅館が厚労省ご一行様と恐怖のバッティングをしていたことがあった。

 色々と無理難題を言ってくる厚労省に対して良い感情を持っている医師はいないだろう。

 呉先生だって個人としての森技官に対しては恋愛感情を抱いているだろうが、厚労省は大嫌いだったハズだ。とある薬剤に認可取り消し決定が厚労省から降ってきて「あの薬が使えなくなると、却って入院患者が増える」とかで。

 自分の医局も皆が日ごろは口に出さないだけで、思うところはたくさんあった。旅先の宴会場は(ふすま)で仕切られただけだったので隣の宴会の様子など筒抜けだ。会話の端々で相手が憎き厚労省の人間だと分かったら酒の勢いも加勢して大乱闘に成りかねない。

 そうなったら幹事役の祐樹も事態の収拾に忙しくなるだろうし、警察沙汰になった場合は医局の名誉にも関わるし、個人的には祐樹が深夜に夜這(よば)いに来てくれるという約束が果たされないのは嫌だった。

 なので、日程を替えて欲しいという交渉に一人で森技官と会ったことが有る。もちろんその時も呉先生と森技官が恋人同士だった。交渉成立した後に、森技官は祐樹がナースをお茶に誘う程度の感じで――実際に祐樹がナースをお茶に誘うところは見たことがないけれど――ホテルへと誘われた。

 誘われたけれども断ったのは言うまでもないが、呉先生には黙っておこうと思っていて、今更そんな話を蒸し返す積りもなかったけれど、森技官なら呉先生に露見しないような火遊び程度はしてそうだ。

 国家公務員なので職業柄全国を飛び回っているみたいだし、東京にずっと居る時も有って呉先生の目をかすめる程度は森技官も出来るだろうし。

「たまたまスマホをテーブルの上に置いたまま、トイレに行ったのです。そしてそのスマホが振動したので何気なく見たのです。

 アプリを起動させなくても始めの数行は読めますよね?既読も付かないし……。(職場関係の緊急の用件だったら早く知らせないと)という思いも有りました……」

 思い出しても腹立たしいのか先ほどとは違って焼き栗の袋を華奢な指が強い力で破っている。親の仇と言った風に焼き栗の洋菓子を三個も口の中に入れている。スミレの花のような可憐な唇が自棄(やけ)になったかのように動いていた。

 多分だが、呉先生の愚痴を祐樹も聞いたのだろう。あの時の会話を録音していたのであれば、それを聞かせると火に油を注ぐようなものだと思って自重したのかもしれないなと思う。

「……それでね、文面が『会えてチョーうれしい今度はホテル』までが読めて、問い詰めたのです」

 お菓子の欠片を付けたままの唇が悔しそうに震えていた。いや、怒りなのかも知れないけれど。

「なるほど……。即座に聞くのがコツなのですね……。

 ちなみに森技官はどう言い訳を?」

 祐樹とも仲の良い口喧嘩友達な森技官は口も良く回るし頭脳も明晰な人だが、怒った呉先生の場合理屈で納得させるのは無理だろうなとも思う。

「『一杯呑んで話が弾んだのも事実だけれど、ラインを交換したのはその場のノリで。そして、自分は見た目がゲイっぽい人には興味がないので、ホテルに行く気など全くなかったし、これからも行く気は一切ない』と。一応は納得しましたけれど……10日間は許す積りはなかったのですが、二日の間見ているこちらが噴き出すほど悄然とした雰囲気というか、叱られた犬がそのまま家から飛び出して、ゲリラ豪雨に打たれてしょんぼりと家に帰ってきたみたいな雰囲気を醸し出していて……。

 思いっきり笑ってすっきりした後……そのう……恋人としての『語らい』をベッドの上でした……というか……。

 それで仲直りをしました。香川教授もあれだけ田中先生に愛されているのですから本音をぶつけても良いと思いますよ」

 あれだけというのが具体的にどの数字を指すのかは分からないけれども、目の前でコーヒーを飲んでいる呉先生も先ほど相談に行った長岡先生も自分に対する祐樹の愛情については全く疑ってはいないようだった。

「そういえば、うちの医局の唯一の内科医である長岡先生にも相談に行ったのです……。あいにく呉先生が診察中でして……」

 呉先生の細い眉が怪訝そうに寄せられたが、直ぐに花が開くように微笑んだ。

「ああ、あの優秀な先生ですか。

 そして、エルメスのバーキンを腐るほど持っているというウワサの……」

 言葉を切ってなんだか秘密めいた口調に変わった。

「固定資産税通知書が来て、年四回の納税日が迫って来た時などはね……」

 次の言葉に思わず耳を疑ってしまった。


--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!



にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング

2ポチ有難うございました!!



























腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村



PVアクセスランキング にほんブログ村