「あら?有りませんでした?申し訳ないですわ。お手数をお掛けしますが……予備の豆が教授の足元の棚の中と、コーヒーカップが並んでいる食器棚の引き出しの一番上、そしてコーヒーメーカーの上の棚の引き出しに入っているハズですから、探してくださいませんか?」

 申し訳なさそうに頭を下げる長岡先生だったが、予備の物を買い置きするというのはまだ普通だけれども、それを色々なところに分散して保管する意図が分からない。

 どれも高価なコーヒーカップとマグカップを丁寧に洗っていく。底に付いたコーヒーの汚れがなかなか取れなくて、今日飲んだ物ではなさそうな気がした。飲み終わった後、直ぐに洗えばスポンジと洗剤だけで奇麗になるのは経験上知っている。しかし、カップの底の頑固な染みについては指の力を使ってもなかなか取れなかった。

 その後、長岡先生の言った場所を三か所とも探す。いろいろなものがごちゃごちゃに、そして容量オーバーに詰まった食器棚の引き出しの中にそれらしいパッケージを見つけて取り上げる。なんだか中身が詰まっていない感触だったが、開けてみるとその通りだった。その虚しい作業を終えると、見なかったことにして全部閉めた。

 普段の自分だったら、三ケ所とも整理整頓をしようと無意識に手が動く。

 ただ、今日は自分にとって最重要な相談があるのだから、そちらを優先したくて。

「三か所とも空でしたよ?

 どうしますか?やはり今からでも執務室にご足労頂くのが最も良いと思うのですが?」

 長岡先生は思いっきり首を傾げている。多分三か所のどこかにコーヒー豆のストックがあるとでも思いこんでいたのだろう。

 いずれは岩松氏と結婚して家庭を持つ人だが、メイドという言いつけられた仕事しかしない――漠然としか知らないが――を雇うよりも執事を一人置いた方が絶対にいい。アメリカ時代の自分も手術が成功して快癒した元患者さん所有の豪華客船だったり、アメリカの別邸などに招かれたりした経験があった。

 主人の意向を汲んで先回りする執事という存在は、長岡先生には多分欠かせない。

「いえいえ、コーヒー豆を切らしてしまっていたのはこちらのミスです。今メールでコーヒーを二つとケーキをリッツから配送してもらうように頼みましたのでしばらくお待ちくださいね。

 大阪にもあるそのホテルは祐樹と初めて結ばれた神聖な場所だったし、その後もしげしげと足を運んでいる、もちろん二人だけで。だから定宿というか、祐樹(いわ)く「第二の愛の巣」だったが、そういうサービスがあったとは知らなかった。

 ただ、婚約者の岩松氏みたいなVIP中のVIPには特別扱いがあるのかもしれない。祐樹と自分は単に宿泊するだけの一般客なので、お金もそれほど遣っていない。しかし、岩松氏や長岡先生の場合は、宴会場と数室貸し切りとかを何度もしそうなのでホテル側としてもそれだけのサービスをしてくれるのかも知れない。

「ケーキですか?そこまでご馳走になるのは申し訳ないですが……。ご厚意に甘えます」

 大阪のホテルのケーキは「本場パリの味」を(うた)っていて一度期待に満ちて食べた覚えはある。あるが、正直二回目を食べてみたいとは全く思わなかった。

 ただ、そう言うのも憚られる雰囲気だった。

「すみません、到着するまでお水で良いですか?」

 長岡先生がヒールを鳴らして立ち上がって小さな冷蔵庫を開けた。何気なく見たのだが、色々なものが無秩序に並べられていて、卵などをこの部屋に置いていてどうする積りなのだろう?と本気で心配してしまった。自分の執務室もそうだが、病院内の個室では料理をすることを想定して作られてはいない。

「ええ、お水で結構です」

 卵と異なって水は賞味期限が切れていてもお腹を壊すことはないだろう、多分。

「で、あまり賢くない女性とお付き合いする男性の心理ですか……教授がお聞きになりたいのは……?」

 不審そうに――それはそうだろう、長岡先生は祐樹と自分の真の関係を最初から見守ってくれた人で。そして自分が異性に性的な意味では全く惹かれないことも知っている――ただ、親身さを滲ませて長岡先生が本題を切り出した。あまり詮索をしない点が有難い。

「そうです。美しい人はもちろん世の男性は好きですよね。それは頭では理解している積りです。

 しかし、美しくても頭の中が空なのではないかという感じのタレントさんも人気が有りますよね?

 下手をすれば才色兼備な女優さんよりも世の男性に人気がある場合も多いですよね……。あれは一体どういう心理なのでしょうか?」

 祐樹がそう言っていたということは伏せて一般論として聞いてみた。

 ただ、祐樹との仲を知っている人――長岡先生とか呉先生とか――に相談しようと思えるようになったのは自分にとっては大進歩だった。

 世界規模で有名なアメリカの富豪が自分たちに言わせれば、たかが狭心症のために来日した時、その秘書兼ボディガードが「祐樹好み」ではないかと思い込んで――何せ、かつてゲイバーで祐樹と語り合っているのを見た蠱惑的な男性よりも、同じタイプながらももっと綺麗で賢そうだった――事故に見せかけた自殺を真剣に考えた。その同時は誰にも相談出来なかったことを考えれば進歩したのかもしれない。

「男性は自分よりも勝った女性に対して多少ながらも(ひる)む気持ちが有るのかも知れませんわね。

 岩松とパーティなどに参りますでしょう?その場合、パートナーの女性も必ず同伴することといったルールがありまして……その女性達は二つのパターンに分かれると思っていましたの……。

 そしてその女性を連れてくる男性の心理状態というか、無意識下での望みも分かるようになりました」

 興味深い話に思わず身を乗り出した。


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