「ゆ……祐樹っ……。
それ以上、するならっ……最後まで……して欲しっ……」
 甘く濡れた声が夜の静寂しじまに溶けていくようだった。
「せっかくのお誘いはとても嬉しいのですが……、ダメです。

 部屋に放して来たセミの幼虫の羽化も見てやらないと可哀想ですし。

 それにカブトムシは捕まえられましたけれども、クワガタはまだですよね?
せっかく来たのですから、初志貫徹はしたいです」

 わざと冷たい声を出しながら、濡れそぼった先端部分をテッシュで拭いた。
 人も車も来ない場所なので、本来ならばここで愛の交歓をしても良いのだが、まだまだ準備は万端ではない。

「部屋に……帰ったら……続きを……してくれるのか……?」

 小さな甘い声が熱を帯びている。

「もちろんです。聡とデートをして、私が愛の行為をしなかった時が有りますか?

 ああ、一度有りましたね。私の母に会いに行く前夜は『そういうコトは止めて欲しい』と貴方に言われました。お気持ちは理解出来ましたので泣く泣く諦めましたが……」

 祐樹と一緒に車に乗り込んで、シートベルトを締めていた最愛の人が甘い声を漏らしている。

 ベルトがプクリと尖った場所に当たったらしい。

 胸の尖りは最愛の人の弱点の一つだ。

「中途半端な愛の行為だとは分かっています。

 クワガタを捕まえたらすぐに帰りましょうね。

 聡の『その時の声』は小さくて苦しげな感じで、とても気に入っているのですが……、それでも喉は乾いているでしょう?

 水分補給したほうが良いです」

 助手席の人に用意していたミネラルウオーターを差し出した。

「有難う。声だけでなくて、祐樹が触れてくれたので……」

 もちろん下心が有って水を差しだしたのだが、最愛の人は言葉を額面通りにしか受け取らない可愛い人だ。

「次の街灯に向かいますね」

 本当に喉が渇いているらしく、普段はそれほど水分を摂らない人なのに喉を鳴らして飲んでいる。

 ペットボトルに触れた唇の紅さとか薄紅色に染まった指がとても蠱惑的で、嚥下(えんげ)する喉の動きも艶やかで劣情を刺激する。

 このまま愛の行為に雪崩(なだれ)れ込みたい欲求を何とか理性で抑え込んだ。

 虫取りやセミの羽化で最愛の人を楽しませたいという一面も確かに存在したが、祐樹の最大の目的は彼の羽化だったから。

「あの街灯を目指してみますね。良い感じに樹木も近いので、先ほどよりもたくさん虫が集まっているでしょうから」

 内心の劣情を抑えつつ普段の声を取り繕った。

「祐樹……もっと水が欲しい……」

 祐樹が中途半端に煽ったせいで肢体の疼きを持て余しているのだろう。そのせいで普段以上に水分を欲しがっている。

 祐樹の目論見が見事に当たったなと思いながら、内心を押し隠してペットボトルを手渡した。

 ホテルのイタリアンレストランで軽食を摂ったが、ドライブに備えてアルコールは一切摂取していない。こんな田舎道では検問とかはなさそうだが、最愛の人を乗せている以上、安全運転を心掛けている。

 二人きりの時は物凄く愛し合う恋人同士で生涯に亘ってのパートナーだ。

 ただ、彼の手技を信頼して患者さんが海外からも来る人なだけに、交通事故には気を付けている。

 アルコールにも強い最愛の人は祐樹が呑まないと注文しない健気な人だ。

 アルコールではなくて、今の最愛の人は祐樹の愛の仕草で酩酊しているといった感じだった。頬も紅色に染まっているし。

「ゆ……、祐樹……。

 その……、次の街灯で車を停めて……、クワガタを捕まえるのは大歓迎なのだけれど……、ああいうコトは……遠慮して欲しい……。

 ホテルまで自制出来る自信が全くない……ので……」

 艶っぽい小さな声が車内の空気を薄紅色に染めているようだった。

「……分かりました……。聡の極上の肢体に触れられないのはとても残念ですが……。涙を飲んで我慢します。キスもダメ……ですか?

 ああ、ペットボトルがもう空ですね。よほど喉が渇いているようなので……、もう一本如何ですか?

 それともベビースターラーメンかキャベツ〇郎を召し上がったら多分気分転換になるでしょう。肢体の疼きも多分収まると思います。

 私のお勧めはキャベツ~の(ほう)ですね」

 こんな辺鄙(へんぴ)な場所に信号機を設置しなくてもと思ったが、赤信号で停まった隙に駄菓子系も大好きな最愛の人の大荷物から取り出して緑色のパッケージを手渡した。

 もちろんこれも「羽化」に備えた準備だった。

 紅に染まった長い綺麗な指が震えながら袋を破る動作も目を奪われそうで慌てて前方を見た。

「祐樹も食べるか?」

 散々煽った肢体も鎮火したのだろうか?最愛の人が昔懐かしい球形の菓子を指で摘まんで空中にかざす。

「聡が食べさせて下さるなら喜んで」

 口を開けるとソース味の塩味が口の中に広がった。

 これをたくさん食べると、また水分が欲しくなるだろうな……と内心でほくそ笑みながら。

「キスは……、触れるだけの軽いモノだったら大丈夫だ……」

 街灯で車を停めると、紅色の唇が健気な言葉を紡いでくれた。




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