充分過ぎるほどに博識なのに、祐樹を見つめる最愛の人の眼差しは教師に質問する小学生のような無邪気な煌めきを湛えている。

「ああ、これはアブラゼミですね。全体的に茶色ですから。

 ちなみにクマゼミの幼虫は背中が黒いし、もう少し大きいです」

 小学生の時に夏休みの宿題で出された「絵日記」を埋めることと、親公認で大好きな夜更かしが出来るという一石二鳥の経験が、これほど最愛の人を喜ばせることが出来て本当に良かったと思う。

「そうなのか……。では、クマゼミを探すことにしよう

 そういえば、東京に行った時に聞いたミンミンゼミはいないのだな……」

 探検を楽しむ子供のような無垢な声が弾んでいる。

 正直、地面の上を探すという地味な作業は、昼間彼が興じていたように、飛んでいる蝶やトンボを捕るといったスリリングな要素は一切ない。退屈させてしまったらどうしようかと内心危惧(きぐ)していたが、どうやら杞憂(きゆう)のようだった。

「分布の違いでしょうね……。ただ、地球温暖化の影響とか外来種のせいで稀にびっくりするような場所でセミの声を聞いたりすることもあります。

 ちなみに、私の実家の地方ではクマゼミは殆どいません。観察日記を書いて先生に提出したら物凄く褒められた覚えがあります。『こんな珍しいセミを良く見つけられたな』と。

 そして、大学に入った年の夏にはクマゼミの大合唱を聞けたので『流石は都会だ』と思いましたよ……。

 地域によって居る虫が異なるというのも興味深いですよね」

 最愛の人がしなやかな足を折って腕を伸ばしている。

「見つけられましたか?」

 懐中電灯の光を細く長い指先へと当てた。

「背中が黒いし、アブラゼミの幼虫よりも大きい」

 感嘆の吐息が零れている。

「クマゼミの幼虫で間違いないですね……」

 細い指先が幼虫を注意深く掴んでしげしげと眺めている、興味津々といった煌めきを湛えている。

「こんなに背中が黒いのに、成虫の羽根は綺麗な緑色に(ふち)どられて透明だったな……。ああ、腹部なのかな?」

 祐樹は肩を竦めるのと同時にお手上げのジェスチャーをした。

 夜の林の中は当然真っ暗だが、最愛の人の懐中電灯が祐樹を照らしている。

「その辺りのことはまだ良く分かっていないようです。昆虫学者の中でも意見が割れていますから。

 あ、貴方の右足から40センチ程度離れたところに幼虫がいます。踏まないように気を付けてくださいね」

 三匹は大丈夫と言い切った最愛の人の言葉――というか分析――は良く当たるなと感心した。

 細い指が幼虫をそっと(すく)い上げた。

「クマゼミの幼虫ですね。三匹もいれば大丈夫でしょう。

 ホテルの人には出来るだけバレないように部屋に持って行きましょう」

 最愛の人は不思議そうに細く長い首を傾げている。

「危険な外来種というわけでもないのに、ホテルではダメなのか?」

 足元をお互いの懐中電灯で照らして、今夜の収穫は祐樹が持って帰路についた。

「セミの幼虫だと分かるホテルマンがいるかどうか知りませんが、知っている人だと『今晩羽化させる』程度は容易に判断出来ます。

 ホテルの部屋の調度品に傷でも付かないかと、見つかったら取り上げられる危険性はありますね……」

 本当に客のいないホテルで良かった――いや経営的にはまずいかもしれないが――二人は客にも従業員にも会うことなく部屋へと戻れた。

「寝室のカーテン近くで放してやってください」

 手作りの容器を大切そうに持った最愛の人にアドバイスした。

 カーテンは出かける前に二人して夜景を眺めた後で閉めている。

「カーテン?ああ、抜け殻も地上30センチ程度のところに留まっていたな」

 最愛の人は「頑張って上って、しっかり掴まるのだぞ」と幼虫を励ましている。

「気に入った所まで自分で登ると思いますので、下手に手を貸さない(ほう)が良いですね。どういう所が気に入るかは、彼らにしか分からないので……。

 では、カブトムシやクワガタ取りに行きますか?」

 健気な感じで幼虫達は動いているけれども、いかんせん足が短くてカメの歩み以下だ。

 それでも微笑んで見つめている最愛の人だったが、このまま待っていては後の予定にも差し障りがある。

 特に、最愛の人の肢体の「羽化」に。

「ドライブの時間は割と長いので、その辺りにあるお菓子を持って行った(ほう)が良いと思います」

 最愛の人が愛してやまないアポ〇・チョコとか色々なパッケージの見える小袋を指さした。

「分かった。その前に……」

 最愛の人は祐樹がその掌に載せた葉っぱ付きのセミの抜け殻を、先ほどまで幼虫達が入っていた容器に宝石でも扱うように大切そうに入れた。

「祐樹、この容器はもう使わないのか?」

 入れた後で気が付いたのか、確かめるように祐樹へと視線を向けた。全てを委ね切って安心しているような穏やかで健気な眼差しだった。最愛の人は窓際に、祐樹はドアに近い場所でお互いを見つめている。

「使わないですね。だから、そのセミの抜け殻入れにするのは良い考えだと思います」

 嬉しそうに頷いた最愛の人は、再び首を優雅に傾けている。

「この子たちが羽化に成功した場合、成虫になるわけで……。その成虫はどうするのだ?」


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