長岡先生は百貨店の玄関口から直ぐのところを歩いている。

それは良いとして、なぜ京都市指定の透明なごみ袋に何かを入れて持っている。

 最愛の人と暮らすマンションでは縁のないシロモノだったが、学生時代から住んでいるアパートに毛が生えたような下宿先で早朝にゴミ出しに行った記憶がある。それはあくまでも朝であるべきだし、アパートの敷地内とかゴミステーションといったご近所でしか持ってはいけない物ではないだろうか?

 ゴミ袋を片手に持っている割には上品な薄紫色のワンピースにハイヒールといった「百貨店」に相応しい身なりだった。まあ、雨に濡れて巻いていたと思しき髪の毛はあちこち変な方向に向いていたが。

 ただ「非常に困った」とまではいかないような気がする。にわか雨のせいで、徒歩の人は自分のことで精いっぱいという感じか、雨に濡れる程度は何でもないと言いたげに歩いている人に分かれているようで、前者は他人のことなど顧みる暇はなさそうだし、後者は他人のことはそもそもどうでも良さそうな雰囲気だった。

 確かに京都の百貨店前でゴミ袋を持って歩くというのはそぐわない。

 しかし、長岡先生ならば仕出かしそうなのを一番分かっているのが最愛の人のわけで。

「祐樹、長岡先生を乗せて良いか?座席が濡れてしまうのだが……」

 祐樹はやっと空いている場所に車を停めてから肩を竦めた。

「あの姿をナースにでも見られたら大変ですから。医局の一員として放置出来ないですね」

 長岡先生は病院のファッションリーダーとしてナース達から憧れの的なのも確かだ。

「有難う。では呼んでくる」

 シートベルトを外しかけた助手席の人の若干華奢な肩に手を置いた。

「クラクションを鳴らせば多分気が付くでしょう。気づかなければ私が呼びに行きます」

 愛の交歓の時以外で最愛の人に無理はさせたくない。体調管理も仕事のウチだし、その点は最愛の彼も大変気を配っていることも知っている。ただ、やはり愛する人を優先したいのは当たり前だろう。

 クラクションを鳴らしていると、助手席の人は窓を開けて手を振っている。

 長岡先生がこちらに気が付いたようで、手招きをしている。

「後ろの席に移動した方が良いだろうな。あの様子ではマンションに帰るだろうから、彼女を先に下ろした方が合理的だし……。

 しかし、祐樹は以前『助手席は私だけにしか座らせない』と嬉しいことを言ってくれたので……。祐樹のその気持ちも尊重したいし……」

 珍しく逡巡しているようだった。

「長岡先生の『大変困った事態』なのですよね。それでしたら、ノーカウントにします」

 正直びしょ濡れの彼女を助手席どころか後部座席にも座らせたくないのだが、百貨店には病院のナースも良く来ると聞いている。香川外科の一員としては、あの姿を目撃されたくない。香川教授の懐刀と呼ばれるほどになった祐樹にとって、長岡先生の醜態は医局の恥だ。

「祐樹、有難う。

 長岡先生、宜しければ乗って行きませんか?」

 最愛の人が助手席の窓をよどみない、しなやかな動作で開けている。その鮮烈過ぎる白い指の動きに見惚れてしまう。

「あら、奇遇ですわね。香川教授、そして田中先生ご機嫌よう」

 いかにも育ちの良い言葉遣いだったが、ずぶ濡れになった上に京都市指定ゴミ袋を持った人に言われても……と苦笑してしまう。

「マンションに帰られるのですか?それともどこかに寄られます?」

 最愛の人は慣れた動作で後部座席に移動している。祐樹の母とかを後部座席に乗せたことがあったので見て覚えたらしい。

「マンションに帰ります。本当はもう一軒寄りたいお店が有ったのですけれど、こんな格好になってしまっているので……」

 流石にその程度の自覚はあるらしかった。

 助手席に乗り込むと水滴が滴っているごみ袋が気になって仕方ない。

「長岡先生、宜しければ私がその包みを(ほど)きます。水滴がカバンについたら大変ですよね?」

 後部座席から最愛の人が懸念に満ちた声を掛けている。

 長岡先生のカバンをよくよく見ると、白と灰色のグラデーションが綺麗だったし、しかもメレダイヤモンドと思しきモノがカバンの中心部にキラキラと光っている。

 しかも、長岡先生は「物がたくさん入る」ということで最愛の人御用達の往年の女優の名前の付いたバックを愛用していて、形は同じに見える。

 長岡先生の普段の生活・性格を知っているだけに本物だろうな……と思う。

 ナース情報によればこのバックはよほど運が良くないと買えないらしい。しかも何だかとても高級そうな感じだった。

「そうなのです。雨にはとても弱いカバンらしくって……。

 濡らさないように気を付けていたのですけれど、急な雨に降られてしまって……。

 幸い、ゴミ袋も購入していたのでそれで包みましたの」

 ――百貨店にゴミ袋も売っているかどうかは祐樹も知らない。

「ちなみに、おいくらなのですか?」

 品物の値段を聞くことが非礼なことも知ってはいたが、相手は長岡先生だ。気を悪くしないだろうと恐る恐る聞いてみた。

 最愛の人は「非常に困った事態」とまで言っていた。この女性用のカバンこそ持っていないが、御用達(ごようたし)のブランドなのできっと祐樹よりも情報は持っているハズで。

 その彼が手先の不器用さでは定評のある長岡先生からごみ袋に入れたバックを細心の注意を払ったという感じで解いているので高価なのだろうな……とは思ったのだが。

 次に発せられた長岡先生の言葉に事故りそうになるほど驚いた。


--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!




にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村





小説(BL)ランキング














PVアクセスランキング にほんブログ村