他人の気配が近付いて来ないかどうかだけを気にしながら唇を重ねた。

 最愛の人も普段以上のひたむきさで唇だけでなく舌まで祐樹の口の中に差し込んでくる。

 お互いを求める微かな水音が微かに響いている。流暢な英語などのアナウンスが切れ切れに聞こえる空間で。

 空いた手で最愛の人の肩から腰のラインを辿って下ろしていった。普段なら――密閉された場所以外では――どこか遠慮がちな人も祐樹の首に指を縋るように回してくれていた。

「学会の講演が惨憺たる結果に終わらなければ、帰国したその足で先程のホテルの部屋に行きませんか?

 二人きりでささやかな成功祝いをしましょう。

 後ろから……というのもそれはそれで捨て難いですが、貴方の悦楽に上気して快楽に喘ぐ魅惑的なお顔を見ながらの愛の交歓の方がより一層好きなので。

 それに、私は最愛の貴方のお顔を見ながらでないと死なないと決めていますので、絶対に大丈夫です。

 悪運も強い上に、貴方という魂の港も持っていますからそんなに心配しないで下さい。魂の港が貴方なら、入港するドッグはココですね……」

 スラックスの上から双丘を片手でやや強く掴んで開いた。

 最愛の人の悲しみめいた雰囲気が太陽の光りが射したように綺麗な笑みを湛えている。

「すまない……。何故か感傷的になってしまって……。

 そうだな……、あのホテルの部屋で待っているから、帰国の夜には……」

 当然、最愛の人には詳細な日程とか飛行機の便など伝えてある。

「何だか愛人ごっこみたいで楽しいですね。ホテルの部屋でだけこっそり逢うというのは、絶対に誰にも本当の関係を知られたくない人ですよね……。

 私達も公には出来ない立場ではありますが、理解してくれる人や祝福してくれる人があんなに集まって祝って下さいましたよね。

 その狭い世界ではありますが、そういう意味では公認なので……。愛人ごっこをするのも良いと思いますよ。

 ただ、そのためには完璧に講演を成功させる必要が有りますが、もう既に頭の中に入っていますし、大丈夫でしょう。一番の不安はメガネを忘れないかということです……。

 しかし、PCの画面の前で貴方を叫ばせることは避けたいので大丈夫だと思いますが」

 原稿は最愛の人だけでなくて、医局一の英語通の遠藤先生とか、大学全体で契約している学術論文用の翻訳のプロの推敲までが入っていたのを丸暗記していた上に、偶然に撮っていたのもラッキーだった。というかNH○のカメラマンは、習性というかプロ意識の権化みたいな人らしくて生々し過ぎて公共放送には絶対に使えないと分かっていながらもカメラを回し続けていて、それを知った最愛の人が世界の医学界の重鎮にその画像を送ってくれたことから招待に繋がった。

 そしてその画像をそのまま学会で流すので――ちなみに外科医の集まりなのでお茶の間向きでないとかは関係ない――丸暗記したものを多少忘れたとしても、画像を確認しつつ解説を交えれば良いだけの話だった。

 最愛の人がベルリンの国際公開手術の後に言ってくれた宝石のように貴重な言葉の「次は術者としてここに立つでしょう」と聞いた時から手技だけではなくて英語を真面目に勉強しておいて本当に良かったと思う。

「この学会に呼ばれて、世界的なデビューを飾ることが出来たのも貴方のお陰です。

 もっと大規模な――それこそ貴方の同行を病院長が当たり前のように許す程度の――デビューの時には絶対にご一緒しましょうね」

 空港のアナウンスが祐樹の乗る便のアナウンスを告げている。

「では、そろそろ。行きましょうか?」

 最後に唇とそして額に口づけた後に身体を離した。

「帰りの便は、入国ゲート付近まで行ってはいけないのか?」

 先程よりも怜悧かつ端整な横顔は普段通りの最愛の人のような感じだった。ただ、休日に二人して出掛ける時に似た雰囲気なのは前髪を下ろしているからだろう。

「いえ、時間が有ればそれでも構いませんよ。貴方のベルリン国際公開手術の成功の時とは異なって、日本の医学界のお偉いさんとか病院長以下のお出迎えなどはないでしょうから、来て下さると嬉しいです」

 祐樹が国際学会に呼ばれたという点は、確かに医局レベルではお祝いムードだったし、病院内でもウワサは駆け巡るほどだが、例えば救急救命室の北教授のように国内外で注目されている医師は居ないこともない。

 病院内ではないものの、それこそ「研究所」が存在するIps細胞のノーベル賞受賞歴すら有るような超有名人という扱いは受けない。

 北教授などは、祐樹が呼ばれたレベルの学会の講演も日常茶飯事という感じで行っているのだから。

「そうか。ではそうする。その前にホテルの部屋を取っておくので……。

 今夜のような狭い部屋が良いのか?それとも、リッ○程度の大きさのが良いのだろうか?」

 成功を確信してくれている感じの最愛の人の薄紅の唇が薔薇色の言葉を紡いでいる。

「空港に最も近い日○ホテルですから――豪華な感じもするロビーも横切りましたよね、肩を並べて。

 色々な部屋が有ると思いますが、貴方のお好みの部屋で二人きりのお祝いをしましょう。

 それはお任せします」

 ゲートの前で手を振って別れた。

 後ろ髪を引かれる想いで振り向くと、最愛の人の凛とした佇まいの中にも大輪の花のような姿だけが目に入った。

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