「本日は有難うございました。しかも色々なことを……ゆ……友人にも教えて頂きまして本当に感謝しております」

 ここの会社は現金で1億円以上持っていないと顧客になれないと聞いている。もちろんドルでもユーロでも日本円に換算して一億円分持っていれば良いのだが。

 だから、祐樹が今の病院に留まる限りこの会社の顧客になることは出来ない。

 見下しているわけでは全くなくそれが厳然たる事実なのだから仕方がないと思う。

 すると、穏やかな笑みを浮かべた担当者はとんでもないといった感じで首を横に振った。

「私もこの会社に誘われるまでは一介の銀行員でした。ですからその昔の同僚とかそういった人脈も持っていますので田中先生のご相談に乗れる証券会社など何時でも紹介致しますので気が向いた時にはご連絡下さいとお伝え願えませんか?

 今日は香川教授のお好きな物を伺うことが出来ただけでも良かったと思いますし、その上、田中先生との細やかな御縁が出来たことも良かったと思います。

 では、またお会い出来る日を楽しみに致しております。

「岡田看護師が母に色々教わりたい気持ちは分かりますがね……。

 いきなり電話してきて母に何か有ったのではないかと心配してしまう息子の立場も考えて下さい」

 リビングに入ると祐樹の少し苛立った声がした。

 着信の相手は久米先生で、祐樹が表情を強張らせたのも分かる。どう考えても手の痺れを訴えていたお母さまに何か有ったのかと思ってしまうだろうから。

 ただ、久米先生は医局でも天然キャラとして愛されていると祐樹に聞いていたし、無邪気な発言が多いので職務時間以外は何も考えていないような気がする。

 と言っても自分だって祐樹に「天然」と愛おしげに言われているし、勤務時間以外は祐樹のことしか考えていないので五十歩百歩のような気がするが。

「で、母は花嫁修業の指南役についてどう言っているのですか?」

 空になったコーヒーカップをそっと下げて、祐樹のために苦めのアイスコーヒーと自分用の紅茶を淹れてリビングへと戻った。

「ホテル代も負担して下さるのですか?しかもオーク○に10連泊ですか……。

 まさかスイートルームではないですよね?え?違う。それは良かったです……。――そんな贅沢な場所に慣れてしまうと、息子への要求が強くなりますので……」

 祐樹の前に音を立てないように大振りのグラスを置くと感謝のジェスチャーと共に共犯者めいた笑みを送られた。

 どうやら祐樹のお母様が岡田看護師の花嫁修業の指南役に決まったような感じで、そしてその宿泊代も久米先生持ちのような雰囲気だった。

 そしてスイートルームを避けたのは、だいたいのホテルがスイートルームは同じ階とか近接階に纏めて配置されているので「初夜」を過ごす予定のある自分達と鉢合わせしないように確かめたのだろう。

 いくら二人の仲がお母様公認と言っても「そういう行為」の残り香を纏った肌では気恥ずかし過ぎて合わせる顔がない。

「分かりました。母が構わないのであれば私がどうこう言う筋合いでもないので、存分に教えを乞うてください。

 え?それは事実ですよ。田中家の――といっても大した家ではないですが――レシピを恋人は完璧に、いえ、更に創意工夫を加えて私が大好きな味にして作ってくれています。

 恋人の料理を頂くと、幼い日に食べた懐かしさと、そしてどこか新鮮な味わいが楽しめます」

 祐樹は胸が薔薇色に弾むほど晴れ晴れとした満足げな笑みで自分を見詰めている。祐樹が自分の手料理をこよなく好んでいることも知っているが、こういうふうに第三者に向かって目の前で褒められると晴れがましさで心の中に金の粉が散っているような気がした。

「ああ、それから受付が始まる前に私が久米先生にユニク○の紙袋を預けて良いですか?

 そして、それを不定愁訴外来の呉先生とその『親友』が――ええ、香川教授とも私とも親しい二人です――多分、親友の医師の方だと思いますが、その人が声を掛けてくれると思うので、間違わないように手渡して下さい。出来ますよね?念のために岡田看護師にも同じことを伝えて下さい。今直ぐにです!!」

 現金が入っていることを極力隠すためだろう、先程持って来てもらった現金は庶民的とか若者向きな――つまりお金にはあまり縁のなさそうな年代を狙っているのだろう――ユニク○の袋に入っている。勿論その袋の中にはキチンとした封筒が入っているだろうが。

 そういう点でも全く手抜かりのない配慮に感謝してしまう。

 久米先生は外科的な才能こそ瞠目すべきモノを持っているものの、それ以外はいささか心もとないので、岡田看護師にも周知徹底させたいのだろう、祐樹も。

 「直ぐに」という要求は電話越しに確かめられるからだろう。割と大雑把なところも有る祐樹だが、こういう点は物凄く几帳面だ。

 そういう点もとても好ましく思いながらフィナンシェを口に運んだ。

 バターのしっとりとした感触と心地よい甘さが口の中にふんわりと溶けていく。バターの香りが今の幸福感を喩えているような濃厚さだった。

「ウチの母は、私と違って口では遠慮しませんが、別に悪気が有るとか嫌味で言っているなどはありませんし、言った後は直ぐに忘れますので。

 え?その点は私と良く似ている?そうですか?」

 アイスコーヒーを一口飲んで満足そうな表情を浮かべた後に(どう思いますか?)といった物問いた気な感じの視線がこちらへと流された。

 思いっきり頷いてしまった。すると、意外と柔らかい唇が苦笑の形に刻まれた。

「どうやら、そうらしいですね――自覚はなかったのですが」

 悪戯っぽいウインクが送られたことを見ると自覚がないというのは祐樹の冗談だったらしい。

「まあ、岡田看護師も、未来の実の姑からチクチク言われるよりも、他人のウチの母のカラッとした口調で言われた方が良いでしょうから。

 ただし、月曜日の検査で何か引っかかる点が出て来たら、その約束はなかったことにして下さると嬉しいです。

 やはり母には長生きして欲しいですし、それは私の恋人も切望していますから。

 では、明日は母のことと、呉先生かその親友にユニク○の紙袋を渡すのを忘れないようにして下さいね。では」

 通話を終えた携帯をリビングのローテーブルに置いた祐樹は自分に向かって両手を広げてくれた。


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